第4話 この掌に、一握りのチャンスを。

逆鱗。

それは竜騎士または、悪竜の持つ異能の力。

逆鱗の内容は個人によって差異が出てくる。


例えば、ヤクルスの逆鱗は超速度。

文字通り高速で動き回る事が出来、トップスピードに至れば発火現象が起こる。

弱点は地に足がついていなければスピードを出す事すら出来ない事だ。


対する新儺の逆鱗は水。

周囲に甚大な被害を出す為本気を出す事は難しい。

しかし、ただ水を噴射するだけでの攻撃ですらヤクルスの様な相手には充分すぎた。

新儺はヤクルスが走り出す前に仕留める事を第一にしており、もしもヤクルスが飛び跳ねれば、先程の様に水球で包み込んだ上で。

今度は念入りに氷漬けにして捕らえる。


その作戦で行く筈だった。


新儺にとって予想外だったのは、あの黄色い仮面が放った岩塊。

まるで最初から分かっていたかの様に、ヤクルスの前に堕ちてきて。

まるでこうなるべきだったと言わんばかりにヤクルスの盾となった。


氷槍に触れたその瞬間、岩塊は爆発した。

飛び散った破片をヤクルスは超速度で躱し尽くした。

新儺は咄嗟に竜脈と水で防御を取った。

そのおかげで、致命傷は避ける事が出来た。










腹部左側に食い込んだ、破片を除けば。


新儺は呻きながら、蹲る。

身に纏う水は次第に消えていく。


このくらいの傷は、逆鱗と竜脈の力で治癒が出来る。

しかし、それは敵前で行うにはあまりにも時間がかかり過ぎる。

新儺は辰善の安否を確かめる。


「そん、な……!!」


辰善は、右顔面から夥しい量の血を流していた。

あの岩塊の爆発で飛び散った破片の一つは。辰善の顔の右半分に直撃したのだ。

そして破片は右眼を抉り。頭蓋骨を陥没させ。


前頭葉にまで達したのだ。


辰善の顔は虚ろで、見るからに死んでいてもおかしくない。

僅かに呼吸をしている事からギリギリで命が繋がっているのが分かる。


しかし、あと1分もしないうちに辰善は死んでしまうだろう。


新儺は奥歯を噛み締める。

護る事も、仇を討つ事すら出来ず、普通に生きていた人達を目の前でみすみす死なせてしまった。


この一瞬で、嫌でも絶望感を一心に味わう。



一方でヤクルスは己の幸運に喜び。

口から乾いた笑い声を出す。


「ヒャ、ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!

いい仕事するじゃねぇか、アポロニウスの奴!!

まるで全部知っていたかの様だ!!」


ヤクルスは敵前で大笑いして、腹まで抱え込む始末だ。

きっとこのまま苦しませながら死んでいく様子を眺めるに違いない。

相当な油断慢心だが無理もないだろう。

ヤクルスの邪魔をしてきた竜騎士ドラグーンは重症で動けないのだから。


ここが、自分の死に場所か。

そう思い、申し訳なさそうに辰善を見る。




























そこで。気付いた。今になって。


辰善がかけていたロケット。

それがひしゃげて蓋が開いている事に。

その中から竜脈が放たれている事に。


(まさか、この子はこのロケットの中身の影響を受けて…。

いや、それより…。

この方法しか、ないのかもしれない。)


新儺が思い返した、“この方法”。


それは、以前研究資料を見た際に知った事。

天久家にて少しだけ口に出した、”他の事例”。


それは一般人の体内に直接、竜玉を移植する事だ。


適合に成功すればどんな病人や怪我人でもたちまち完治する上、逆鱗の力まで手に入る。

当時はその圧倒的な治癒速度と手軽に戦力を増やせるという魅力から、"リインカーネーション計画”と名付けられ、盛んに研究や実験が行われてきた。


しかし、その一方。

適合に失敗すれば死亡してしまう。

考えてみれば当たり前の事だが、例えば何の免疫も耐性も無い人間に、いきなり大量の劇薬を投与すればどうなるか?

その劇薬に身体は耐えきれず、死亡してしまうだろう。


その非人道性故にリインカーネーション計画は当然の様に凍結された。


新儺は資料を目にした時、竜騎士機関の負の遺産に目を瞑りたくなった。

しかし、今はこの記憶に感謝していた。 


脳裏に浮かんだのはある仮説。


”竜脈を持った人間に、竜玉を移植すれば。

高い確率で適合し、蘇生が可能なのではないか?

竜脈が免疫の代わりにならないだろうか?“


そこからの新儺の行動は速かった。

ロケットの中身を取り出す。

入っていたのはビーズ程の大きさの、化石らしき物体。

艶のある黒色で尖った形状をしているソレに何処か見覚えがあったが、そんな事を気にしている余裕は無かった。


間違いない。確信出来る。

竜脈を放つ物質。竜玉だった。


(辰善君。勝手な事をしてごめんなさい。


─────────────────でも。)


新儺は握りしめた竜玉を、傷を負った右顔面にあてがう。


(貴方はまだ、助かる。その可能性がある。

せめて貴方の生命だけでも───────!!)


竜玉は溶け込む様に、辰善の中へと入っていった。



〜〜〜



辰善は、気がつくと五体満足で。

明らかに知らない場所に立っていた。


上を見れば、赤と青のグラデーションがかかった雲一つない黎明の空。

天井や壁、蛍光灯等の人工物などが一才存在せず。

代わりに巨大な彗星らしき存在が見え、ただその場に浮遊している奇妙な空だった。


下を見れば、巨大な白雲が悠々と渦巻きながら帯電している。

まるでガラス張りの床か、宇宙ステーションから台風を眺めているかの様な神秘的な光景だ。


辰善は摩訶不思議なこの光景に、絶対にこの世の場所では無いと確信していた。



辰善は改めて自分の姿を確かめてみる。

何故手脚が元通りになっているのかと言う疑問は、遥か下にある白い台風を眺めているうちに解消された。


台風の目に当たる孔の中に、何かの映像が映し出される。


辰善が5歳の頃に見た、晴天に向かって高く飛んで行く飛行機が映し出される。


映像が切り替わり、両親や教師に説教される光景が映し出される。


更に映像が切り替わり、秘密基地で潮と話している記憶が映し出される。


17年の時間が積み重なった走馬灯が絶えず流れる。

今の辰善はきっと魂だけの存在なのだろう。


「あ…。」



魂だけでの存在でも、知覚する。




「あ…ああ……!!」





理不尽な暴力が、大切な友人の命を奪った事を。









「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」












慟哭が鳴り響く。


こんな無様な自分が心底情けなくて。

きっと自分は何も為せないまま、このまま朽ちていくと思うと。

向こうで潮に会ったとしても、どの面下げて会えばいいのかと思うと。


絶望と罪悪感に墜ちていく。

このまま、頭がイカれたまま朽ち果ててしまえばいいとすら懇願する。








ただただ。走馬灯を見ながら嘆いていた、その時。










ふと、周囲が。

何か薄暗くなっていく様な、感覚がする。





「何だ、これは。」


気が付けば、黒の中にいた。


左右を見ても。前後を見ても。上を見ても。

伸ばした掌でさえ見えなくなるかの様な暗闇に身を包まれていた。

唯一、下を見降ろせば孔が空いている事がわかった。孔の中の走馬灯が微かな光となり、まるでスポットライトの様に辰善を照らしていた。



やっと死ぬのかと覚悟を決めた辰善は、視線を元に戻す。


すぐ目の前で、何が得体の知れない物が辰善を見下ろしていた事に気づいた。

叫び声を上げる事はなかった。驚きのあまり声すら出なかったのだから。

後ずさる事もしなかった。情けない事に脚が竦んで動けなかったのだから。


そんな辰善に構う事なく、堂々と見下ろす2つの瞳。

その鏡の様に耀く双眸はまるで辰善を試しているのか、はたまた吟味しているかの如き眼差しを向けていた。


今なら、解る。

アレが新儺が言っていた、竜脈。

異能の力たる逆鱗を使う為に必要な神秘の根源。


辰善と双眸は、ただただ見つめ合う。

沈黙に耐え切れなかったのか。

それとも。


死を受け入れた筈の人間の。

最期の悪足掻きだったのか。









辰善は、口を開いた。


「………俺を、選ぶのか?」


返事は無い。

ただ、見下ろすのみだ。


「何故、俺を選ぶのか分からない。俺は、何も出来なかった……。」


口から出るのは独白か。

胸の奥がチリチリとした感触を襲う。


「潮の仇を討てなかった…。」


孔に血塗れのヤクルスの姿が映る。

歯が食い縛られる。


「夢を叶えられなかった…。」


孔に今際の際に陥った潮の姿が映る。

拳に、力が入る。


「約束だって、守れなかった………。」


孔に、黄昏の空の下で約束を交わす潮の姿が映る。


もう二度と元には戻らない、儚い光景。

今まで生きて来た中で、きっと。

最高に幸福だった、今日という瞬間。





















「……そんな俺でもさ。

やりたい事がある。あるんだよ。」


心は決まった。

まだチャンスがあるのならば、今度こそ。

やるべき事を。やれる事を。やりたい事を。

やり遂げてみせる。


辰善は目を逸さず、竜脈に手を差し出す。


「もしも、俺を選んだって言うなら。

頼む、力を貸してくれ。」








“何の為に?”


そんな声が、聞こえた気がした。


「抗う為に。助ける為に。

────────────護る、為に。」






目の前の竜脈が、辰善へと喰らい付いた。



〜〜〜



ヤクルスがひとしきり笑っていると、背筋にゾワリと寒気が走る。

振り返って見てみると、新儺が辰善の顔に手を翳していた。


「おい、お前。何をした?」


新儺は答えない。

竜玉を移植した等とわざわざ敵に教えてやる義理などない。

ヤクルスを睨み付けながら手に水を浮かばせる。


「何をしたか、答えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


ヤクルスは拳を握りしめ、振りかざす。

新儺は迎撃しようと水の弾丸を飛ばそうとする。
































“閉じて、廻れ。”

“闢きて、降れ。”

“翳りて、耀け。”




「────────────────逆鱗。 」






傍らから声が聞こえた。

迫るヤクルスの拳を、辰善は掴む。

拳を掴む掌が、力を増した。


「な、なんで…?お前、手脚が、生えて……?

いや、それ以前に!!お前は死んだ筈……?!

やっぱりあの女が何かしやがっ………ッ!!?」


ヤクルスが言い終わる前に。

辰善は、ヤクルスの拳を潰した。


「ギ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


聞くに堪えない悲鳴を上げ、ヤクルスは高速で後退りする。

ヤクルスは己の拳を確かめる。

力任せに握り潰されたソレはまるで一輪の花の様に咲き誇り、赤い血液を垂れ流していた。

距離を取って敵を見据えるヤクルスは、信じ難いモノを見た。


辰善は大地を踏み締め、新儺を庇う位置に立つ。










復活した右眼が、ヤクルスを捉える。

右額から、枝分かれした朱色の角が揺めき出づる。

腕と脚に、朱色の鱗と鉤爪が備わっていく。


その朱はまるで暗闇に燈る篝火の様で。

その姿はまるでその身に龍が憑依し宿ったかの様だった。


「辰善、君……?」


思わず新儺は辰善に声をかける。

新儺と辰善の付き合いは1日にも満たない程短い時間だった。


初めて出会った時は迫り来る恐怖に対して普通に怯え。

竜騎士機関に入隊してもらうと告げた時は普通に困惑し。

友人であろう少年の死を看取った時には、普通に涙していた。


そんな普通を噛み締めながら生きて来た唯の少年が。

今まさに友人の仇を取ろうとしている。

今まさに、この手で生命を奪う為に闘いに臨もうとしていた。


「傷は、大丈夫ですか?」


不意に、辰善が新儺に声を掛ける。


「竜脈を使えばこのくらいの傷は治せます。

だから…。」


新儺は一瞬、言い淀む。

普通の日常を送って来た少年にこんな事を言うのは残酷な事かもしれない。

折角助かった生命なのだから、出来れば早く逃げろと言ってあげたい。


けれど。もう後戻りは出来ない。

竜脈を放つ様になり。友人は殺された。

逃げたとしても、彼には他の道は無かった。


何より。辰善には戦う力がある。

竜脈を、逆鱗をその身に宿して蘇ったのだ。

その逆鱗で、仇を討つ為に戦う事を望んでいる。

その腕。その背。その眼が。

決意を物語っていた。


ならば新儺が言う事は、決まっていた。




「アイツを倒して来て。」


辰善は一歩、踏み出した。

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