第6話 日はまた昇る
某国某所。
何処かの屋敷の一室にて。
「あのヤクルスとか言う馬鹿!!使えないにも程があるじゃない!!死ぬのも速くなくていいんだよあの間抜けが!!!!」
赤い仮面を叩きつけながら、女がヒステリックに喚き散らかす。
「ねぇ!!アポロニウス!!
アンタの逆鱗ならこうなる事が分かってたんじゃないの、ねぇ!!?!
私に教えるって常識はないのかよ、ねぇ!!?!
何の為の未来予知だよ使えねぇな!!」
女はそのままアポロニウスと呼ばれる黄色の仮面の人物に愚痴をぶつける。
「俺の未来予知には1日に回数制限がある。そう易々と使える物じゃない。」
「言い訳ばっかりしやがってこの無能!!」
女は激昂し、アポロニウスを足蹴にして八つ当たりしていく。
アポロニウスはそのまま蹴られ続けているというのに反応が無い。
ただただ無関心そうに女を見下ろす。
「まあまあ。アポロニウスの未来予知があったからこそ、あの厄介な竜騎士から逃げられた。そうアポロニウスに当たるのはやめるがいい。」
「何ですって、ヴァンエル…?!」
青い仮面の人物、ヴァンエルが柔和に女を宥めようとする。
女が苛立ちの矛先をアポロニウスからヴァンエルに変えようとしたその時だった。
「皆、ご苦労。」
1人の人間の声がした。
3人は一斉に振り返り、皆一様に跪く。
「顔をあげよ。」
言われるがままに、面をあげる。
其処にいるのは布で顔を隠し、頭巾を被り。
身体を外套で覆い尽くした謎の人物。
「それで、彼は?」
まるでリクエストしていたクリスマスプレゼントが無事に届いているかどうかを確認するかの様な声色で、黒の仮面の人物は3人に尋ねる。
「“我が君”よ、少々荒療治でしたが無事に覚醒致しました。後は………」
「そうか、其れは良き!!!!!!!!」
ヴァンエルが結果を報告している途中、“我が君”と呼ばれた黒の仮面の人物が歓喜の声を上げる。
「でかした素晴らしい喜ばしい!!それでこそ、この世を変えんとする我が同志達だ!!褒めてつかわそう!!」
“我が君”は外套から両手を出す。
手袋を嵌めた両掌はまるで天からの恵みを受け取るかの様に上へと掲げられる。
遂に長年の望みが果たされる。
その始まりを部下への称賛と身体全てで表現している。
そんな姿を見た3人は皆喜びを分かち合い、誇らしげな表情をしていた。
「ヴァンエル、其方はジャンジャン竜脈を増やし、集めろ!!その科学力に期待しよう!!
アポロニウス、其方の未来予知で相手の動向を探れ!!今後の指針を練るのに役立つ!!
カルコ、時を見計らってあの遺体を回収せよ!!其方にしか頼めない事だ!!」
「「「仰せのままに、我が君よ。」」」
歓喜と光栄の絶頂を感じる3人は寸分の乱れも無く、再び跪き首を垂れる。
「これからが楽しみだ!!早く彼には……。
辰善君には様々な経験をしてもらわないといけないねぇ〜〜〜!!」
忠誠を誓う三人を背に、“我が君”は高笑いをする。
辰善の行動。これからの未来。
自らの夢に期待を馳せて。
〜〜〜
晴夫が目を覚ますと、其処は知らない病室だった。
窓を見れば、日が昇る寸前の時間帯で、星が瞬き、雲一つない綺麗な夜空が映る。
薬品の匂いが僅かに漂い、シミ一つない清潔感溢れるベッド。
隣では、妻の滋子が眠っている。
布団が微かに上下に動いている事からどうやら無事に生きている様だった。
ふと、いつもより何だか煙たい気がする事に気づく。
一瞬火事かと思ったが、それにしては焦げ臭さが漂ってこない。
微かに感じる湿っぽさから、加湿器でもあるのだろうかと思う。
目覚めたばかりだからか、少し頭がボーっとしている中。
晴夫と滋子の病室に一人の男が入って来た。
黒いスリーピースのスーツを纏い、青いネクタイを締めた、10代後半の青年。
その面持ちは強張っていて緊張しているかの様にも思えた。
「…君は、誰だ?」
晴夫は僅かに戸惑いながら、青年に声をかける。
「俺は、辰善って言います。貴方達が瓦礫の下敷きなっていた所を、偶然通りかかって…救急車を呼びました。」
僅かに顔を歪めた青年は晴夫の問いに答えた。
「おぉ、それは…。辰善君、と言ったか。君には何と御礼をすれば良いのか…。」
「いえ、気にしないで下さい。
……すみません。用事があるので、失礼します。」
辰善は一言短く返すと踵を返して、病室を出る。
晴夫はその青年の態度に疑問を覚えながらも、再び安静にする事にした。
〜〜〜
「お待たせしました、2人とも。」
病院を出た辰善は、駐車場に停めてあった黒塗りの車の後部座席のドアを開ける。
隣には新儺が座っている。彼女がペコリと頭を下げた。
辰善もつられて頭を下げてお辞儀するとそのまま後部座席に乗り込んだ。
「お疲れ様。はいコレ差し入れ。」
「ありがとうございます。」
運転席に座るマウルがペットボトルのカフェオレを手渡す。
辰善は礼を言い、受け取るも口にしない。
席に座ってペットボトルを握りしめたままでいた。
「……これで、いいんですよね?」
心配する様な声で、辰善は口を開く。
「この病院は竜騎士機関の手がかかっているの。
だから心配しなくても大丈夫。
貴方の両親の命は竜騎士機関が保証するわ。」
マウルが緑茶を飲みながら、心配無用と辰善に告げる。
「さて、改めて訊かせて貰うけど。
……ご両親は貴方の事、憶えていたかしら?」
先程の快活さとは裏腹に、マウルはシンプルに問いかける。
辰善は口を開かない。
ただ、首を横に振るだけだった。
辰善は晴夫と滋子が寝ている間、MEFDを使用した。
MEFD。
正式名称は“
竜騎士機関の職員が一般人の記憶を操作する際に使われる装置だ。
MEFDを使用した辰善は、眠っている両親にある暗示を施した。
貴方達に息子はいなかった、と。
2人の記憶から辰善の記憶を消せば、辰善が死んだ時に悲しむ事はないだろう。
更に、竜騎士機関に入れば両親は匿って貰えるという話だ。きっとこれから2人は安全に生活出来る。
そう、信じたが故の行動だった。
「私達が言うのも違うけど…辛い思いを、させたわね。」
マウルが煙草に火をつけながら辰善を慰める。
「いいんです。この行動が、きっと正しかった筈です。」
辰善はそう言うと、顔を上げる。
「最後に連れて行って貰いたい場所があるんですが、いいですか?」
〜〜〜
ヤクルスを斃してから3週間が経過した。
今日の天気は快晴。
あと少しすれば、日本の夏らしい暑い朝が訪れようとしている時間帯だった。
この3週間、様々な事があった。
潮の葬儀も終わったその後、表向きは地方へと転校する事になったといって高校を去る事になった。その時はバッチリとMEFDを使わせて貰った。
家が潰れた事はニュースになったが、意外にも全国ニュースになる程の規模にならなかった。
竜騎士機関が情報規制を取った結果だと、マウルと新儺が教えてくれた。
そして、今日。
辰善はこの街を出る。
その前にどうしても行きたい場所があった。
車は裏山に入り、タイヤを進めていく。
5分もしないうちに行き着いた先は、辰善が作った秘密基地”跡地“だった。
あの事件の後誰かが秘密基地の存在を知り、撤去してしまったらしい。
全く、人がどれだけ時間と労力をかけてこさえたと思っているのやら。
「作るのは難しくても、壊すのは簡単なんだな…。」
辰善は大樹の虚に、花束とコーラを置く。
最後に潮への手向けを届ける為にこの裏山に来た。
夜空を背景にして、大樹を見上げて。
物思いに耽っていると、辰善の背後から新儺が花束を持って来た。
「新儺さん、怪我は大丈夫ですか?」
「ええ、怪我なら傷痕一つ残さず完治しましたよ。」
新儺は辰善の隣に座ると花束を置いて、手を合わせる。
「…ありがとうございます。きっと、潮も喜んでます。」
「そうだと、いいですね。」
新儺は立ち上がると、振り返って景色を見る。
「ここはいい眺めですね。秘密基地を作りたくなるのも納得です。」
「綺麗な夜空でしょう?でも昼間もいい景色が見れるんですよ。
春には桜が咲いたり。
夏には、デッカい入道雲が、浮かんで。
もう、す、ぐ、黄色く、染まった銀杏、だっ、て、見れて…。」
声が震える。
言葉が途切れ途切れになって行く。
脳裏には楽しかった思い出が次々に頭に浮かんできて。
それとは裏腹に、感情は心の奥の底まで沈んでいく。
「……マウルさんから聞きました。
ヤクルスには、協力者がいたんですよね。
ソイツ等は、今も何処かで、のうのうと生きているんですよね。」
新儺が辰善を見る。
その顔は驚きと心配を物語っていた。
「復讐でも、するつもりですか?」
「それは、どうでしょうね。
……実はヤクルスを殺した時、嬉しいとか、そんな感情が湧かなかったんです。
だって、アイツを殺しても。
潮は帰ってこないんですから、そんな感情が湧く訳がないんですよ。」
辰善の口から言葉が溢れ出てくる。
自分自身でも信じられないくらいに。
「潮は、俺の事を1番の友人だって思ってくれていた。
失ってから、やっと分かりました…。」
「………。」
新儺は黙って、辰善の独白を聞いてくれている。
「こんな事を思うのはヤクルスが言った通り、俺が化け物になったからでしょうか?
俺はあの時。何を成し遂げたんでしょうね…?」
辰善はみるみる内に自覚する。
新儺を見つめる眼も。口から出る言葉も。
心の全てが、渇き切ってしまっている。
(俺は本当に、化け物になってしまったのかな。)
仄暗い思考が。
黒雲の様に頭の中を埋め尽くす。
(もし。本当に。そうだったなら。)
乾いた心に。
疑念の雨が降り注ぐ。
(俺は。これから────────────。)
心に染み込む疑念は。
みるみる内に、溟い決意を芽生えさせ始める。
「私は、あの時。貴方に助けられましたよ。」
新儺が言葉を発する。
その言葉に、辰善の思考は中断された。
「…え?」
「逆鱗というのは、銃やナイフなんかの凶器と変わらないんです。
凶器を一般人に使えば、確かに化け物でしょう。
ですが、例えば襲いかかってきた猛獣に対して使えば?ましてや後ろに無力な人間がいる状況だったら?
きっと、その人間から見れば化け物では無く英雄に見えるでしょうね。」
新儺の言葉は心の奥底まで響き渡る。
それはまるで、身投げを引き止めるかの様な。
後一歩で踏み止まる事が出来たかの様だった。
「あの時、貴方は逆鱗を正しく使った。
貴方は、私を助けてくれた。
貴方はヤクルスを殺した事で、これまでアイツに殺された人達の無念を晴らした。
これからアイツに殺されるかもしれない命を救った。
ありがとう、辰善君。
貴方は、化け物なんかじゃありませんよ。」
新儺はにこやかな顔で、辰善に微笑む。
「ありがとう、ございます。………でも買い被りですよ。」
辰善の心の中に、僅かではあるが。
それでも確かに、暖かい光が差し込んだ。
鏡なんて見ていなくて。
笑う事自体久しぶりで。
きっと、ぎこちない笑顔に違いないけれども。
それでも、新儺は。
辰善を救い、笑顔を与えてくれたのだ。
辰善は涙を流すのではなく。
ほんの少しだけ微笑む事が出来た。
新儺は辰善の微笑みを見て、少しばかり自慢げに頷いていた。
「その笑顔が出来るなら、貴方はまだ大丈夫。
……でも、これから歩む道は険しいですよ。」
新儺の顔は微笑みから、凛とした表情へとすぐさま変わる。
誘う立場の人間である私が言えた事か、と内心で自嘲しながら。
それでも新儺は厳しい現実を辰善に告げなければならないのだから。
「辰善君、愚問かもしれませんが、あえて問います。
君はこれから竜騎士機関に入ります。とても過酷な仕事です。命の危機だってあります。」
新儺の言葉に、辰善は身も心も引き締められる。
その眼も。その表情も。真剣そのもので。
本気の感情だと、伝わってきた。
「私達の仕事の1つは悪竜の拘束。ですが、時として抹殺も視野に入れます。
悪竜だって、突き詰めれば人間です。
辰善君、貴方は死地に飛び込む覚悟はありますか?
………そして、人間を殺せますか?」
その問いの後。
辰善は、口を開く。
「死地に飛び込む覚悟は、とうにしました。
そうじゃなかったら、両親の記憶を消したりはしません。
あのまま普通の生活を続けていたら、また襲われる。その時、両親は本当に死ぬかもしれません。
…もし、そうなったら俺が殺したも同然です。
俺一人が死地に飛び込めば、両親は竜騎士機関に匿ってもらえる。
だったら、もう迷いはありません。」
「その答えは、本当に立派だと思います。
人間を殺せるか、についてはどうですか?」
新儺の質問は続く。
少し考えた後、辰善は答えを紡ぎだす。
「俺は、進んで人を殺したい訳じゃないです。
でも、父さんや母さん、潮みたいな人達がこんな悲劇に巻き込まれるのを防ぎたい!
その先に今回の事件の黒幕がいるなら、何としてでも追い詰める!!捕まえて牢屋にぶち込むくらいはしないと気が済まない!!」
真剣な顔で問いかける新儺に、その覚悟を以ってして。
頑なな眼差しと言葉を返す。
「それに。あいつの、潮の遺言を果たす為に。
……俺の夢を叶える為に、生きたい。」
「……貴方の夢は何ですか?」
新儺に問われた辰善は、指を海と空に向ける。
濃く深い藍色の夜空に、強烈な光が燈る。
水平線が朱色に染まり、太陽が顔を出す。
夜を払う黎明の光は天に広がる星々を塗り潰す程に強く。
されど、その朱色の耀きはとても暖かく。
何よりも、辰善に誇らしく夢を語らせる空だった。
「───────空を飛ぶ事が、俺の夢です。」
辰善は笑う。
胸を張りながら、夢を語る。
迷いは無い。決意は頑なだ。
───────この夢は、亡き友が背中を押してくれた夢なのだから。
「いい夢ですね。私も応援していますよ。」
辰善が指を差す空を見る新儺もまた、晴れやかな笑顔になる。
2人は真っ直ぐな視線を中天に向ける。
夜空の藍色と太陽の朱色が映る、神秘的な光景。
ブルーモーメントと呼ばれる、僅かな時間にしか見れない奇跡の空。
いつまでも記憶に残るだろう。
仄暗い夜空を掻き消し、希望の耀きがあるのだと示し。
─────2人を笑顔にしてくれた、この空を。
今日。
天久 辰善はこの街を出る。
一歩、脚を進める。
〜〜〜
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