第30話 悪役令嬢の事情

「おそらくは」


 立ち上がるとクレイストはレイリアの手を取って引いた。


 レイリアも立ち上がる。


 その辺境伯の城を目指して、凄いスピードで走る馬車が見えた。


「あれは……」


「こんな夜中に馬車を走らせるなんて、自殺行為ですね。しかも国境付近の城へ向かうなんて射殺してくれ、といわんばかりじゃないですか」


「敵襲?」


「襲撃にしては攻撃力がなさすぎますし……、あの分では自滅しますよ、ほら」


 ずっと荒れ地を走ってきたらしいその馬車は、ついに車輪が外れ、車体が大きく斜めに倒れた。


 その勢いで部品がはじけ飛び、自由になった馬がいななきながら逃げていく。


 車体が地面に投げ出され、中から人が転がり出してきた。


「大変!」


「待ちなさい」


 賭けだそうとしたレイリアをクレイストが抱き留める。


 城の方から馬のひずめの音が響いてくる。


 やがて、黒・白・茶の三頭の馬が現れ、馬車を警戒するように距離を取って止まった。


 転がり出された人が、よろよろと半身を上げる。


 その顔を見て、白い馬に乗っていた青年がはっっとして、馬を下りて駆け寄った。


 やがて青年は倒れていた人……ドレスを着た女性を抱き上げて馬に乗せて去って行った。


「……今のは……」


「私もエンバースト家に隠されていた肖像がでしか見たことはないのですが」


 言葉をさがしながら、クレイストは呟いた。


「グレイシア・エンバースト公爵令嬢。おそらく、ステファンの母上。つまりは我が国で言うところの、悪女・グレイシア、その人でしょう」


「じゃ、じゃあ、ここは……」


「おめでとう、レイリア。二択はアタリを引き当てたようです」


 クレイストはレイリアの頭に音を立ててキスをした。


「!」


「ご褒美です」


 にこっと笑うとクレイストはレイリアを抱き上げた。


「私もステファンもまだ生まれていない、ちょうど27年前の世界ということですね。聖女様、よくできました」




 それからは、怒濤の展開だった。


 どうやら「別れさせ屋」の仕事のためなら聖女の力は使いたい放題らしく、背中の羽根で飛べば時代や場所は簡単に移動できる。しかし、ただそれで現代に戻る、ということはできないらしく、本当に「別れさせる」ことに必要なことにしか力は使えない、ということが分かった。


 法則さえ分かればクレイストの独壇場で、いつも通りに「平民から成り上がりの聖女」の演技で辺境伯の所に遊びに来た前皇帝を引っかけ、グレイシアから引き離し、最後は捨ててとんずら、という「いつもの」仕事を難なくこなす。


 それが終わった瞬間、レイリアとクレイストは元の「天空回廊」に戻っていた。


 そこでは、ステファンとクリスタニアが結婚式と即位式を上げており、クレイストとレイリアは「たまたま」クリスタニアが教会で出会った「聖女」の同胞として、式に呼ばれていたのだった。


「聖女様が御幸で辺境伯のご子息と出会い、一目惚れされたとか」


「前皇帝も自分亡き後は乳兄弟であり、親友の辺境伯の息子、ステファン様を跡継ぎにと仰っておられたしな」


 周囲の参列者のお喋りが聞こえてくる。


「たくさんおられた世継ぎが次々と亡くなられた時はこの帝国もどうなるかと思ったが、幼き頃より父君と手を取り、王国との境界で我が帝国を守ってきたステファン殿下だ。聖女様と手に手をとってうまく収められるだろう」


「過去が変わってる……」


「どうやら、八方うまくまとまったようではないですか」


 朗らかな顔で拍手をしているクレイスト。


 その飲み込みの早さに、いつものことながら感心してしまう。


「しかし、よくこの代替わりの混乱に乗じて王国に攻め入られなかったものよ」


「それはあれよ。帝国内では今、一度結ばれた婚約がいくつも破談になっていると。自分たちの足場を固め治すことに必死で、他国にちょっかいを出す余裕などなかったということだ」


「あ。こっちの過去は変わってなかった」


「それはそうでしょう。ステファンの過去と私たちの過去はなんら関係はありませんから」


 クレイストはぐっとレイリアの腰を抱きよせた。

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