第28話 魔王様の事情


「クリスタニアは、聖女として必要とされることだけを糧に生きてきたようです。そしてこれは……まあ、本人は必死に隠しているようですが、あの馬鹿兄に心底惚れていますね」


 眼鏡のブリッジを指で押し上げると、クレイストは首を振った。


「悪趣味この上ないと思うのですが、こればかりはどうしようもないのでしょう。そして、あの馬鹿兄もどうやらクリスタニアを愛しているらしい」


「……は?」


「だから、自分の行いに巻き込みたくなくて牢に放り込んだのでしょうね」


「……二人は……両思いなの?」


「そうなんじゃないですか?」


「……」


「レイリア?」


 黙り込んだレイリアをクレイストは覗き込む。


「……」


「どうしました?」


「なんで……」


「なんで?」


 ガバッと顔を上げるとレイリアは叫んだ。


「なんで、こんなややこしいことになってんのよ!」


「ははは! 私もそう思います」


 暴風が吹き荒れる中で爽やかに笑うクレイストの襟首を掴むと、レイリアはさらに叫んだ。


「もっとわかんないのは、そこまで分かってて自体を悪化させてるあんたの頭の中身よ!」


「はははは!」


 ひとしきり笑うと、ふっとクレイストは息を吐いた。


「……ステファンは」


 真面目な顔になるクレイストに、レイリアの手が緩む。


「ステファンのあの呪いは、もう誰にも解くことが出来ないんですよ」


 真面目な顔になると、クレイストは倒れたままのステファンを見つめた。


「あれはもう、元を絶つしか無いんです。彼があそこまで歪んでしまった、元をね」


「元って……」


「ステファンの母親と皇帝が関係を持ったことが全ての彼の不幸の始まりなんです。つまり、グレイシアと皇帝を別れさせればいいんです。あなたのできること、ですよ」


 あまりに当たり前、と行った口調で言われ、レイリアは一瞬固まった。


「いや、いやいやいや! 確かに思ったよ? 私があの時代にいれば、絶対別れさせてやるって。でも、そんなこと……」


「聖女の力が覚醒している今なら、できるはずなんです」


 暴風からレイリアを守りながら、クレイストは言う。


 式場のあちらこちらでは、逃げ遅れた人々が慌てふためきながら逃げ惑っている。


 その瞬間、式場の中央で音を立ててガラスの床に亀裂が入った。


 その亀裂を中心に、式場の床全体に亀裂がまるで生き物のように伸びていく。


 絶望的な悲鳴が式場に響き渡る。


「聖女の力は人それぞれ。その人ができること、が拡張されるのです。あなたのできることは『別れさせること』つまり、あなたが誰かを別れさせたいと思えば、そのためにどんな奇跡も起こせるんですよ!」


「え? えええええっ?!」


「この町に着いてすぐ、母の父親……つまり、祖父に会ってきました」


 ……人に会う予定があるんです。


 宿にレイリアを残してクレイストが会っていたのは、彼の祖父だったのだ。


「子どもの頃に、とても近しくて遠い人に会いに行ったと行ったでしょう。あれは母の父。つまりは私の祖父のことだったんです。私が物心ついた頃には母の心はもう病んでいて、まともに会話をすることはできませんでした。周囲も母が王妃になる前のことは何も知らず、私は母のことを知りたかったのです」


 誰にも、ロランにさえも告げずに行方をくらませた理由。それは王妃の過去を調べるためだったのだ。


「母が最初に持っていたのは、ほんの小さな傷を治せる程度の治癒の力だったそうです。その力は、聖女の羽根が背中に現れるようになってから強まり、人の心の傷まで治せるようになったそうです」


「心の……傷?」


「彼女の夫……つまりは私の父のクソ王子はノミの心臓で、常に周囲にびくついているぐらいの小心者だったそうです。その心の弱さを、母は聖女の力で治した。その結果が、あの人を人とも思わないクソ迷惑な行動力です」


「……どういうこと?」


「つまりは傷んだ能力の強化、が母の聖女としての力の特性だったようです。父の場合は弱い心を強く。しかしその強さの方向性は別に定まっていない。その力が善なるものになるか邪悪なものになるかは、本人次第といったところですね」


「……え。それは良いことなの? 悪いことなの?」


「まあ私に言えることは、聖女の力は用法用量を守って計画的にご利用ください、ということぐらいですかねぇ」


「そんな処方箋みたい身も蓋もない言い方……」


「そんな物ですよ、聖女の力なんて!」


 飛んできた瓦礫を払いのけると、クレイストはレイリアにささやきかける。


「時に、あなた、気づいていませんね?」


「気づくって……何に?」


「なぜ、私があなたが聖女の力に覚醒していると確信していると思っているのですか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る