第27話 魔王降臨

 そのままステファンはクリスタニアの側へ歩み寄り、その頬に血塗られた手を添える。


「母を弄んだクソ王子も、本音を言えばどうでもいい」


「え……?」


 クレイストが、小さくため息をつく。


「俺はただ、この鉄面皮の男の顔が苦しみに歪むのを見たかっただけだ。国もいらぬ。伴侶もいらぬ。俺はただひたすらに、この弟を苦しめたいだけなのだ。それ以外に、することも思いつかぬ。


 俺のただ一つの目的を、邪魔するな!」


 ステファンがクリスタニアを突き飛ばし、クリスタニアは床に倒れた。


 そのままステファンはレイリアの肩を抱く。


「レイリア!」


「この聖女は私の物だ。恵まれたことにも気づかぬ愚かな弟よ。せいぜい、悔しがるが良い!」


 ステファンは無理矢理レイリアの顎を掴むと、上向かせた。


「神像と聖女の像の前での接吻で、婚儀は終了する。そしてお前は私の聖女となる」


「そんなことをしても、あなたは幸せにはならないよ!」


「幸せ? 俺が?」


 意外そうな顔で、ステファンは目を丸くした。


「元から幸せになることなど、望んではいない。


 そもそも幸せとは、何なのだ? 知らぬ物を得ることは出来ぬだろう。しかし私は不幸なら知っている」


 ステファンの顔がレイリアに近づく。


「だから俺は、あの幸せ者の愚かな弟を不幸せにしてやりたいだけなのだよ。あの男の不幸が、私の幸せなのだ」


「そんなの、幸せじゃない!」


「そうか。正しい幸せはお前が教えてくれるのだったな。では共に幸せへの道を歩こうではないか」


 ステファンの唇がレイリアに触れそうになった瞬間、爆発的な力の奔流が式場内に溢れかえった。 思わずたたらを踏んだステファンを突き飛ばし、クレイストがレイリアを奪い返す。


「クレイスト……!」


「すみませんねぇ。馬鹿兄が色々とご迷惑をおかけしまして」


 いつもの飄々とした無表情が、なんだかやけに懐かしい。


 レイリアの目から、こらえていた涙がこぼれ落ちた。


「な、何が、ご迷惑、よ。全然、会えなくて、何がどうなっているのか、わからなくて」


 しゃくり上げるレイリアにクレイストは小さく微笑んだ。


「怖い目に遭わせて、すみません。この埋め合わせは必ずしますので、今はアレをどうにかすることを一緒に考えてくれますか?」


「アレ……?」


 はっとレイリアは壇上を見る。


 仁王立ちしたクリスタニアの身体から、爆風が渦を巻いている。


「クリスタニア……さん?」


「許せない……。私を捨てて……別の聖女を……。私も聖女……なのに……なんで……」


 美しかったクリスタニアの顔が、今は般若のように歪んでいる。


 ミシミシと音を立て、背中から真っ黒な蝙蝠のような羽根が6枚、飛びだした。


「あれは……!」


「黒い六枚羽根といえば魔王の証です。やはり魔王というのは闇落ちした聖女のことだったのですね。どうりでなかなか現れないはずだ」


「やはり……って、知ってたの?」


「確証があったわけではありませんが、聖女だけが魔王に対抗する力を持っていると言うことは、聖女も魔王と同じ力を持っていると考えるのが妥当でしょう。読み通りです」


「読み通り……?」


 したり顔で頷くと、クレイストはにっこりと微笑んだ。


「さあ、聖女レイリア。魔王が顕現したということは、あなたの聖女の力も覚醒している、ということです。共に魔王を倒そうではありませんか」


「はあああっ!?」


 あまりの言葉に、レイリアは思わず場違いな声をあげてしまった。


「まさか……わざとクリスタニアさんを魔王化させた、なんてことは、ないよね?」


「よく分かりましたね。あなたも物を考えるようになるなんて、進歩です」


 いっそ嬉しそうに言うクレイストに、レイリアは頭を抱えた。

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