第21話 近くて遠い身内 3

「父親としても失格ですね。余計なことをして、息子であるあなたまで苦しめることになっている。私の計画の邪魔までしてくれて。やれやれ、私たちはどちらも両親に恵まれていないようです。鳶が鷹を産むとはまさにこのこと」


「兄上……。一体、何を企んでいらっしゃるのですか」


 笑顔ながらどんどん機嫌が悪くなっているだろう兄の黒いオーラに怯えながら、弟は訪ねる。


「本音を言えば私は自分が王になることで王族の血が絶えることをそれほど恐れてはいません。まあ、怖いことは怖いですが」


「おや、真面目で常識に捕らわれる実に平凡なあなたが、意外ですね」


「それより、もっと怖いこと……いや、怖い人が目の前にいますのでね」


 顔の血色が ーー おそらく怒りのために ーー どんどん良くなっている兄と対照的に紙のように真っ白な顔色で、弟は兄を伺い見た。


「教えてください、兄上。あなたの最終目的を。せめて、弟に覚悟を下さい」


 コランドルは胸に手を当てる。


「あなたを国に連れ帰るのは諦めました。でもこのままでは、何も起きないうちに心労で死んでしまいそうです」


「覚悟、ねぇ……」


 何かを悟ってしまったような弟に毒気を抜かれたのか、クレイストは底冷えのする笑顔を引っ込めた。


 兄がまだ何かを企んでいる筈だ、と思い、それだけでこんなに顔を青ざめさせている男に国の最高権力者が務まるか、とやや不安だ。崩壊させようとかつては思っていた母国だが。


 いや、それ以前に、実の弟がここまで自分を恐れていることは嘆かわしい、と自分の所業を棚上げしてクレイストは思った。


 しかしそれも、自分がコランドルに王位を押しつけたから。


 この弟がいなければ、あんなにうまく廃嫡されなかっただろう。


 弟に珍しくやや申し訳ない思いがして、クレイストは言葉を和らげた。


「まあ、あなたには色々迷惑をかけてしまいましたし、利用するだけ利用して放置、というのも寝覚めが悪いですからね」


「やっぱり、利用はされているんですね……」


 ほっとしつつも多少は傷つきながら、王国の第一王位継承者・コランドルは姿勢をただして、元正統王位継承権第一位の兄の言葉を待った。


「あの頃はちょっと世界を壊してやろうかと思っていたんですが、もうやめました。私ももう、子どもではないのでね。世界征服を狙う歳でもないでしょう」


「流石は兄上。言ってることは子どもの夢レベルなのに、手段が高度に現実的で怖い」


「……明るい家族計画」


「…………は?」


「私が今願っているのは、それだけなんですけどね。『兄も弟も』全く私を分かってくれない。悲しいことですねぇ」


 淡々と答えると、クレイストは冷め切ったティーカップに手を伸ばした。


「兄上……それは……どういう暗喩なのでしょう」


「そのままの意味ですよ?」


 きょとんとした顔で答えるクレイスト。


「それにね」


 コランドルがぎょっとする。


 クレイストは小さく微笑んでいたのだ。


「私は聖女に救われたのです。その聖女の願いを今度は私が叶えるのです」


 それは、きちんと目が笑っている微笑みだった。「聖女の願いを叶える……?」


「人に優しくない人生は、自分にも優しくないそうですよ、知っていましたか?」


「人に優しく……ですか」


 兄から出たとは思えないピュアな言葉に、コランドルは虚をつかれた。


 いやこれさえ、何か恐ろしいことの暗喩なのでは、とまだ疑っている。


「そしてその『優しさ』は受ける人間が決めることで、施す人間の本音は関係ないらしい」


「はあ……」


 にこにこと嬉しそうな兄に、逆にどんどん底冷えを覚えていく弟。一生この兄弟とは相容れそうにないな、とは両者同時に思っている。


「そんな自分勝手で傲慢な聖女に、気づいたらほだされていた自分がいましてね。そしてどうやら、それが本当に私が欲しかったものだったらしい」


「兄上が欲しかったもの……ですか」


 この兄にそんなものがあったのか、とコランドルは衝撃を受ける。


「迷惑をかけてもかけられてもいい、嫌われても恨まれてもいい、誰かの記憶に残る人生を送りたい」


「え? は?」


「でも願わくば、優しい言葉の一つも聞いてみたい」


「ちょ、ちょっと待ってください? あなた、本当に私の兄上ですよね?」

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