第20話 近くて遠い身内 2

「はい。私の計画は、ロランにとっても決して悪い物ではありませんでしたから、お互いに利用価値があると確信していました」


「……ロランだけは兄上の信頼を得ていたのだと思っていたのですがね」


「何を言っているのですが、これ以上無く信頼していますよ。乳兄弟ですからね」


 今だって、ロランがレイリアの側にいるだろうと確信しているから、弟のために時間を割いている。


 ロランの復讐の相手はあくまで自分であり、レイリアではない。


 ロランの性格から言って、巻き込んでしまったレイリアを死ぬ気で守るはずだ。


 そうでなければ、こんな不毛な会合、一秒だって続ける気はない。


 それに本音を言えば、ロランにはもう復讐する気になんてないのではないだろうか、とクレイストは思っていた。


 何分、気の良い奴なのである。


 そもそも、クレイスト自身がロランの姉・グレイシアを害したわけでもないのに、そんなに復讐心が持続するわけもない。


 ……まあ、自分だったらいくらでも持続させる自信はあるので、その辺はヘタレと思っていないわけでもないのだが。


 それぐらいの分析ができる程度にはロランを理解してるし、信頼もしている。


 ……ということは、この繊細な弟をまた傷つけそうだったのでクレイストは控えることにした。


 何せ、クレイストの心の中での重要度は一位がレイリアであり、二位がロランである。


 弟のコランドルなど一体何位になるか分からないほど下位だ。そもそも、その存在自体を忘れそうになっていた、ということも黙っていよう。


 聖女はともかく、自分を殺そうと付け狙っている裏切り者より下、などと聞いたら立ち直れないかもしれない。


「実の弟より、乳兄弟、ですか」


「先ほどから気になっていたのですが、私は廃嫡されていますので、弟はいないはずですが」


「王位継承権が亡くなったところで、血の繋がりは残ります。『たとえ片親だからとはいえ』兄弟である事実は変わらないではないですか」


 コランドルの言葉に、クレイストは眉を動かした。


「何を言っているのですか」


「隠されなくて結構です。父から聞きました。いや、『本当の父から』と言い直した方が良いですか」


 聖女様……この場合は母だが、彼女が魅了したのは第一王子だけでは無かった。


 王子の側近や取り巻き、関係者の中にも命がけで彼女を愛した男たちがいたのだ。


 第一王子と結ばれた後、王宮でのいろいろなストレスを受けた母は、彼らとまあ、色々と違うやり方で発散していたのだろう。その結果生まれたのが、この弟であった。


 そのこと自体を、クレイストは責める気は無い。 父である第一次王子も十二分に不誠実であったし、いい大人のやることに口を挟む気も無かった。 まあ、尊敬できる人たちでないことだけは確かだったが。


 クソ王子は健在だが、その基盤はクレイストがクソ王子の陣営の婚約を潰しまくったことから大分揺らいでいる。


 元々息子が気に入らなかった先王が、早めにクソ王子に引導を渡し、孫であるコランドルに王位を継がせたがっているということを風の噂で聞いた。


 つまりは「偽王」誕生に恐れ戦いて、息子に「ご注進」したわけだ。その父親とやらは。


「やれやれ。行動も軽薄ですが口も軽い男ですね。あの男は。それで、あなたは必死になって私を探したのですか。今頃になって」


 肩をすくめる兄に、恨みがましい目を弟は向けた。


「廃嫡された時点で兄上の願いは叶えられたのかと思ったので、そっとしていたのですよ。しかし、正統な王位継承者が兄上だけだというのなら、話は別です」


 キッとコランドルはクレイストを睨む。


「兄上は廃嫡される前からご存じだったのでしょう? 私が正統な王位継承者ではないことを」


 わざとらしく目をそらすと、クレイストは嘯いた。


「わざと、ですか。わざと王家の血を絶やそうとなさっている。母上を追い込み、心を病ませ、死に追いやった王家に復讐するために」


「母が死んだのはそんな理由だったのですかー。まったく知りませんでしたー」


 嘘つけっ! と叫びたくなる衝動をコランドルは必死で押さえた。


 なにせ、若干十七歳で母の復讐を、こんなやり方で完遂した男なのである。


 しかもその直後から、王国の主立った貴族の縁組みを破壊しまくって、静かに王国の基盤を崩しまくってきている。その年数、すでに十年。


 恐るべき執念と計画性と、粘着質な性格である。 大陸を二分する国家を手玉にとって、そのパワーバランスさえ、身一つ……いや聖女だけを使って手のひらの上で転がしてきた。


 機嫌を損ねたら、たとえ弟の自分相手にでも何をしでかすのかも分からない。


 しかし、こんな兄だが同じ母から生まれた兄弟だ。母に対する思いは一緒だと思いたかった。


「それに、あなたは正統な王位継承者ですよ。王が妻と決めた聖女の息子であることは確かなのですから」


「しかし、私が王位を継げば、王族の血は途絶えます。父はその重圧に耐えかねて、ついに罪を告白したのですから」


 ふん、とクレイストは鼻を鳴らした。


「自己満足の極みですね。これだからお貴族様は


「兄上……。あなた様こそ、誰よりも高貴な血筋の貴族ではありませんか」


 クソ王子と不倫聖女の子どもが、ねぇ……。


 とクレイストは心中ため息をついた。

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