第19話 近くて遠い身内 1

「教えてくれるかなあ」


「今回ばかりは流石に言うと思うけどな。どうせもう、限界に近いんだろうし」


 なぜかニヤニヤと笑うと、ロランはぽん、とレイリアの頭をたたいた。


「ま、俺を信じてくれた聖女様は、きっと我が主のことも信じてくれるよな?」


「……うん、信じるよ」


 信じてみるよ、とレイリアは心の中で付け加えた。


「そういえば、そのクレイストは? 無事なの? やっぱりこの城に捕らわれているの?」


「それなんだよな」


 ロランは腕を組んでうなった。


「俺にもよく分からないんだよ」


「分からない?」


「あいつ。この忙しい時になんか、誘拐されちまったらしい」


「ゆうかい? 誘拐ってあの、人を浚ってつれていく……」


「気持ちは分かるけど、そんなゲシュタルト崩壊したみたいな顔するなよ……」


 苦笑いするとロランは首を傾げた。


「どこの誰が、そんな命知らずなことを実行したのかねぇ……」






「呆れ果てて物も言えませんね」


「するすると滑らかに話されているではないですか……」


「言葉のあや、というものです。その程度のことも理解できないのですか」


「いや、なんか、敵意バリバリですよね。話し合う気とか、全くないですよね」


「話が早くて助かります」


 にっこりと、しかし目が笑っていない微笑みを浮かべると、クレイストは座っている椅子の上で足を組み直した。


 目の前には自分とよく似た顔の男が途方に暮れたような顔をして座っている。


 髪色がやや自分より母に近いストロベリーブロンドで、日にあたると淡い桃色が金古美色に透けて見える。


 自分にはあの要素が受け継がれなくて良かったと、クレイストは心底思っている。


 男はクレイストの弟、コランドルだった。


 十年ぶりに会う弟はすっかり精悍な顔立ちになっていて、昔母のスカートの後ろに隠れていた姿など想像できない美丈夫になっている。


 二人とも母親似なので、まあ、美形になるには違いないと思っていたが、と考えふとレイリアが聞いたら「よく言うよ」と言いそうだな、と思う。 この町には新皇帝即位の祝いを述べる使者としてきたという。もっとも、新皇帝の即位は聖女との結婚式と同時になるので、クレイストはその結婚自体が成立しない筈なので無駄足では、と思う。


 ロランがいない時を狙って声をかけてきた様子と言い、何か企んでいるとは思ったが、まさか自分を誘拐・拉致して本国に帰らせようとしていたとは、流石のクレイストも考えていなかった。


 王族二人がいるにしては質素なこの部屋は、どこかの下級貴族の隠れ家を拝借しているのかも知れない。窓から見える尖塔からして、帝国王都内であることは確からしいが。


 しかも、実行犯が弟本人。……第一王位継承者が何をしているのか、と小一時間説教をかましたい気持ちを必死に押さえている。


「あなたにこんな行動力があるとは思いもしませんでした」


「……こうでもしないと、兄上を捕らえることは出来ないではないですか。ましてや、本音を話していただくことなど」


 コランドルは、眉をしかめて困り顔になる。


 久々でも相変わらずの兄の扱いに困窮していた。


 昔から何を考えているのか分からない兄だったが、十年経ってさらにそれに磨きがかかった。


 少しぐらい丸くなってくれても良いのではないだろうか、と思ったが、この頭の良い兄はそれとは反比例して大人げない性格をしていたことを思い出した。


「聖女を使って、別れさせ屋をやっているそうですね」


「次期王位継承者がなんという下々の言葉を。誰があなたにそんな下賤なことを教えたのですか。叱ってあげましょう」


「あなたが何を生業にしていようと、またその生業自体にも文句を付ける気はありませんが……いや、本音を言えばもの凄く言いたいところですが……、今回の件はステファン皇太子の罠です。手を引いてください」


「ああ、そういうことですか」


 ふん、と鼻を鳴らすとクレイストは小さく眉をしかめた。


「そういうことは、最初に私を呼び出したときに言って欲しかったですね」


「申し訳ありません。そのときはまだ、ステファンの正体が分かっていなかったのですよ。そしてロランの事も……」


「あ、ロランの事は知っていましたから、今さら別に教えていただくこともありません」


 コランドルは椅子を蹴って立ち上がった。


「ご存じで十年も側にいさせていたのですか!」


 けろっとした顔で兄は頷いた。


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