第18話 裏切りの事情 2

「そんなーー」


 まさか、と思ったレイリアだが、その言葉を飲み込む。結婚前に婚約者を妊娠させた上で放り出した王子だ、それぐらいはやってもおかしくないかもしれない。


「跡取りの息子だった俺も命を狙われたがなんとか難を逃れ、父に恩義を感じていた下級貴族の息子として育てられた。しかし、俺も養父母も王家への復讐を忘れたことはなかった。そんな中、幸運にも養母が王子の息子の乳母に任命されたんだ」


「そして、ロランはクレイストの乳兄弟になったの……?」


「そうだ。王子が聖女を求めたのは、愛が理由なんかじゃない。『聖女の血』が自分の地位のために欲しかっただけだ。だから聖女もその息子も、始末してやろうと思っていた。王家の血の断絶こそが、俺たちの願いだった」


「ステファン殿下とは昔から……?」


「いや、エーデルハイドお嬢様の執事がいたろ。あれがステファン殿下の息のかかった連中に関わっていたのさ。帝国の出だと言っていただろう」


「あ……」


 エーデルハイドの後ろで、いつも微妙な顔で自分たちを見ていた青年を思い出す。


 彼から情報がステファンに漏れていたのか。


「姉に息子がいたことは知っていたが、それがまさかあのクソ王子の子だとは知らなかったんだ……」


 握りしめた拳を振るわせ、ロランはうなった。


「協力を申し出られた。クレイストを罠にはめて、聖女もろとも捕らえる、と。甥の頼みを断ることは出来なかった。十年経ってなお、悲願を達成できていない後ろめたさもあったんだと思う」


「なんで十年間もクレイストの面倒を見ていたの? ロランさんの目的から言えば、クレイストが廃嫡した時点で悲願は達成しているはずじゃないの」


 ステファンのクレイストへの憎悪は分かる。


 しかし、ロランにとってみればすでにクレイストは「用済み」の筈だ。


 残るターゲットである次期国王の弟に矛先を向けるには、廃嫡王子と国を出てしまったら都合が悪いのではないだろうか。


「それは……。いや、君には関係の無いことだろう」


 歯切れ悪く言葉を切ると、ロランは振り向いた。


「とにかく、今後は俺が君を守る。こんなことを告白した後では信じて貰えないかも知れないが……」


「信じるよ」


「……え?」


 即答したレイリアに、ロランはぽかん、と口を開けた。


「……いや。いやいやいや、落ち着け? 本当に話、聞いていたか? 俺はクレイストが生まれる前からあいつの命を狙っていたし、この十年間も君とあいつを裏切ってきたんだぜ? それを……」


「だって、そりゃあ、ロランさんなら仕方ないなあ、って納得できることだったんだもん」


 慌てるロランに、場違いだと思いながらもレイリアは笑いを止めることが出来なかった。


「私の思っていたロランさんが、私の思っていた通りのことをしていたんだから、そりゃあ、信じるよね」


「信じるよね……って」


 困惑したように頭を掻いていたロランは、やがて、ふっと優しく微笑んだ。


「聖女は人を救うと言うけど……」


「え? なに?」


「いや、なんでもない」


 ニッと笑うとロランはレイリアの髪をぐちゃぐちゃとかき回した。


「ちょっ……! ロランさん! やめてよ!」


 嫌がりながらも、レイリアの胸には暖かい思い出が蘇ってきた。それはレイリアがまだ幼かった時、ロランがレイリアを褒めるときによやってくれていたことだ。


「もう……」


 やっとロランの手から解放されたレイリアは、手ぐしで髪を整える。


 目の前にはもうよく見慣れた微笑みを浮かべるロランが立っている。


「……クレイストも、ロランさんと同じように思えたら良かったのに」


「クレイが、どうしたって?」


「なんだか、私の思っているクレイストは、本当のクレイストじゃなかったのかもな……、って」


 常に合理的で口が悪く、心から笑うことはない。それでも「二人のため」により良い選択を考え、指し示してくれていると思っていた。


 しかし、クレイストには何か企てがあったのだ。 決して、レイリアのためを思って動いていて暮れたわけではない。


「傲慢だったな……、私」


「こいつは……、もどかしいなあ……」


 バリバリと頭を掻くと、ロランは宙を見上げる。


「うーん……。お嬢ちゃんが思っているクレイが本当のクレイじゃない、っていうのには同感なんだが、多分お嬢ちゃんが思っているような違いじゃあ、ないと思うけどな」


「どういうこと?」


「こればっかりはなあ。あいつの男の沽券ってもんもあるから、俺が言うのもなあ。まあ、本人に聞いてくれ」


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