第17話 裏切りの事情 1

「!」


 レイリアその場にうずくまり、小さく身をすくめた。


「あいつがいた場所は、もともと俺がいたはずの場所だった。それをあいつの母親である聖女とあいつが奪い取った。しかしあいつは、その場所をまるでゴミのように捨てた」


 ステファンはレイリアにかがみ込むと、その髪を掴んで上向かせた。


「その後もお前という聖女と組み、数々の婚約破棄を企ててきた。まるで、俺たち親子をあざ笑うかのように!」


「……!」


 痛みに顔をしかめたが、レイリアは必死で声を抑えた。


「俺はそれが許せなかった。母が死んだ今、俺が望んでいるのはあの国の滅亡とあの男の破滅だけだ」


「お母様……亡くなって……」


 ステファンに突き飛ばされ、レイリアは椅子にぶつかった。


 弾き飛ばされた椅子が派手な音を立てて壊れた。


「どうした!」


 不意に聞き慣れた声が響き首を巡らせれば、血相を変えたロランが駆け込んでくるところだった。


 ロランはレイリアに近寄り、そっと抱き起こす。


「ロランさん……?」


「大丈夫か!」


「お前を呼んだ覚えはないのだが」


「レイリアには危害を加えないという約束だったはずです!」


「余計な邪魔が入ったな」


 ステファンは踵を返し、ドアに向かう。 


 ふと足を止めると、ステファンは肩越しに言った。


「母は最後まで、俺を愛することが出来なかったことを詫びていたよ。クレイストの母親も亡くなったそうだが、あの聖女はどんな末路をたどったのだろうな」






 ロランはレイリアをベッドに座らせた。


「つまり、最初からこれは仕組まれていたことだったのね」


 それまで黙り込んでいたロランは、レイリアのその言葉にギクリ、と身体をこわばらせた。


 レイリアが教会でクリスタニアと出会ったのも、もともとロランが「教会に行け」と言ったからだ。


 丁度良くクレイストがいなかったのもおかしい。


 あのクレイストが、レイリアが一人で町をうろつくのを放っておく訳がない。


 全てがロランの言葉から始まったことに気づけば、簡単な話だった。


「おかしいと思ったんだ。私がそんなにうまい具合に仕事を見付けられるはずがないものね」


 小さく笑うと、レイリアは膝を抱いた。


「クレイストが私のこと馬鹿っていうのも当然ね。いつだって、クレイストは正しいんだわ」


「そんなことはない!」


 いつになく大声をだしたロランに、びっくりしてレイリアは顔を挙げた。


 見ればロラン自身も驚いたらしく、少し気まずげに頭を掻いて続けた。


「クレイだって間違えるし、今回のことは……俺が君を裏切ったことが原因じゃないか。どうして俺を責めずに自分を責めるんだ」


「だって……。嫌だよ、ロランさんを責めるなんて」


 レイリアの言葉に、ロランは固まった。


「ロランさんはいつだって優しいじゃない。でもそれは、人が傷つくことを知っているから優しく出来るんでしょ」


 優しくされなかったから、優しくされたかったことを知っていた私みたいにね、とレイリアは心の中で付け加える。


「そんな人が、人を裏切るなんて、よっぽどの理由があったからなんでしょ。それなのに、気づけなくて、策に乗ってしまった、ごめん。辛かったでしょう?」


 ふ、と顔をそらすと、ロランはレイリアに背を向けた。


「ロランさん……?」


「グレイシア……。ステファン殿下の母親のグレイシア・エンバーストは……、俺の実の姉なんだよ」


「えっ!?」


 絞り出すように言われたロランの言葉は、血が滲んでいるようだった。


「俺が十歳の時だった。事実無根の悪評をたてられた姉は国を追放され、国への反逆罪を疑われたエンバースト家は取り潰しとなった」


「それじゃあ、あの婚約破棄騒動は……」


「全部、聖女と結ばれたかった王子が仕組んだ冤罪だ」


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