第16話 逆襲のターゲット 3

「俺は何もしていない、今はな」


「あなた、何も分かっていないのね」


 吐き出すようにクリスタニアは言葉を継いだ。


「自分の正体がばれたから、あなたを餌に逃げ出したからに決まっているじゃない」


 剣を突きつけられるよりも鋭いその言葉の威力に、レイリアは目の前が真っ暗になった。




「俺の元に王太子クレイストが廃嫡され、国から姿を消したという話が入ってきたのは、十年前のことだった」


 あの騒動の後、レイリアは城の一室に軟禁されていた。


 とはいえ、ステファンに近づくために故意に与えられていた部屋をそのまま使わされているため、日常生活には支障は無い。いや、むしろ最初から軟禁用に用意されていたらしく、窓には鉄格子が入っているし、窓の外は断崖絶壁。逃げるのも潜入するのも難しい場所だ。


 手足を拘束されることも無く部屋の中では自由にされているレイリアは、今部屋を訪れているステファンに「茶を淹れ直せ。庭の茶は冷えていた」と難癖をつけられ、茶を出したところだった。 向かいの席に座らせられ、尋問でもされるのかと思ったら始まったのがステファンの告白タイムだった。


 ちなみにクリスタニアはいない。「いろいろと面倒だから」とはステファンの談だ。


「俺の母・グレイシアは生国を追放され、この国の辺境伯の元へ辿り着き、そこで伯爵に見初められて妻となった」


「稀代の悪女・グレイシア公爵令嬢……」


 レイリアのつぶやきに、ステファンは眉をしかめた。


「……まあ、そうだな。何代か前の公爵家の姫が帝国の辺境伯に嫁いでいてな。そのツテを頼って王国から逃げこんだのだ」


 悪女・グレイシア。


 確かクレイストと出会った王国で聞いた話だ。


 公爵家の令嬢でありながら、婚約者の王太子と懇意になった聖女に嫉妬し、犯罪紛いの嫌がらせをし続けたことが露見し、国外追放となった令嬢だったという。結果的に王子と聖女が結ばれるきっかけを作ったことから、戯曲などでは良く「悪役令嬢」のモデルとして描かれることも多い。


「お前も知るとおり、母上はとにかく美しく、人を魅了する人だった。そう、この国の皇帝さえもな。辺境伯が母と出会った時、当時皇太子だった乳兄弟の皇帝もその場にいたのだよ。そして、美しい姫君は、二人の男に愛された」


「それで……。その『一夜のロマンス』で生まれたのがあなた、というわけですか。……でも、あれ? 二人の男に愛された。まさか……」


「そう。ご推察の通り、俺は皇帝の子どもではない。……ああ、これはお前と俺の秘密だがな」


 唇に人差し指を立ててウィンクしてみせるステファンに、レイリアは固まった。


「……ではあなたは、辺境伯の子であるのに、それを皇帝の子と偽ってここにいるというのですか」


「偽る、というか勝手に勘違いしているのはここの奴らだがな。俺はそれを利用しているだけだ」


「なんのために」


「帝国の軍を掌握したかったからだ。今ではその必要も無かったかと思うが」


「それは……、母上を陵辱した皇帝への恨みから、ですか?」


「この国にも前皇帝陛下にもなんの恨みもありはしない」


 笑いながら足を組み直すと、ステファンはレイリアの髪に手を伸ばし、一束掬い取った。


「もしそうなら、お前にこんな話をする意味は無いだろう?」


「……私もそこが先ほどから疑問だったのです。一体陛下は私に何を伝えたいのかと」


「もちろん、お前が俺にとらわれている理由を教えてやろうというのだ」


 レイリアの髪を弄びながら、ステファンは笑った。


「俺は皇帝の子ではない。さりとて、辺境伯の子でもないのだ」


「……それは一体……」


「王子との婚約を破棄され、国を追放された悪役令嬢は、そのときすでに妊娠していた、ということだ」


「……まさか」


「そう、俺は、俺の母上である悪役令嬢を婚約破棄した王子の子だ。そして、その令嬢の生国はどこだったかな?」


 ステファンの言葉に、レイリアの背筋が凍る。


「王国……。公爵令嬢グレイシアは、王国の第一王子の婚約者だった」


「そして王子は公爵令嬢グレイシアを捨て聖女と結ばれ、王となった。その二人の息子、今の国の第一王子は誰だったかな?」


「……クレイスト……第一王太子……」


「そう。俺はお前の相棒であるクレイストと異母兄弟なのだよ。俺の母上を弄んでくれたクソ王子と聖女を母に持つ、あの男とな」


「殿下と……クレイストが……兄弟……」


「似ていないだろう? 俺も奴も母親似だからな」


 喉の奥で笑うステファンは、どこか投げやりな様子にも見えた。


「でも……。クレイストはもう王子じゃない。廃嫡しています。今のクレイストを破滅させる意味は……」


「だからだ!」


 叫ぶのと同時に、ステファンは茶器を投げ捨てた。


 派手な音がして、陶器が粉々に砕け散った。


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