第15話 逆襲のターゲット 2

「お優しい言葉と愛撫ですか。殿下も随分と女性を落とすことに慣れていらっしゃるご様子。でもそんな手管が別れさせ屋に通じるとでも?」


「無駄な強がりはよせ」


 焦らすように動かされる手の感触をなんとかこらえようとするが、喉の奥から小さく声が漏れる。 聞いたことのない自分の声に、レイリアはカッと赤面した。


 今までのターゲットは、多少貞操観念がぶっ壊れていたとしてもそこは王侯貴族。女性に対する接し方は紳士的なものだ。


 しかしこのステファンのそれは……、どうも庶民的な、荒々しさがあった。


 体験したことのない感覚が、レイリアの身体をぞくぞくと走っている。


「お前に経験がないことは分かっている。背中に聖女の羽根がある限り、お前が処女であることは証明されている。純潔を失うと聖女はその力を失うからな」


 初耳なんだけど!


 せせら笑うステファンに身をよじりながらレイリアは心の中で叫ぶ。


 クレイストは知っていたのだろうか。いや、あのクレイストが知らないわけは無いな、とレイリアは自分の中で即答する。


 この仕事も、そろそろ限界ーー。


 クレイストの言葉を脳内で反芻する。


『ーー試してみますか?』


 レイリアの髪に口づけ、迫ってきたクレイストの様子が脳裏に浮かぶ。


 ……いや。まさか。そういう意味ではないよな。


 レイリアの心の迷いを知ってか知らずか、ステファンの手はいよいよ危ういところをまさぐってくる。


 レイリアは侍従の姿を探すが、そんなものはとっくに下げられていた。


(誰かー! 誰でもいいからー!)


「そこまでですわ」


 ふいに響いた声に、ステファンの手が止まり、レイリアはほっと息を吐いた。


 そこには、腕組みをして仁王立ちするクリスタニアの姿があった。


「なんだクリス。いいところだったのに」


「何が良いところなんですの。あなたがその子に落ちてはなんの意味もないでしょう」


「落ちたのではない。落とそうとしていたのだ」


「どうだか」 


 いつもの優美な様子をなげうったクリスタニアはつかつかと近づくと、レイリアのストロベリーブロンドの髪をつかみ、投げ捨てた。


「なんだ。その髪は作り物か。まあ、地毛の黒もまた美しいな」


 嬉しそうに言うステファンに、クリスタニアは盛大に舌打ちをした。


 ステファンが手を引き、レイリアはその場に崩れ落ちた。息が荒い。


「……クリス……タニアさん……? 一体……」


「まだ分からないの? 私と殿下はグルってことよ。あなたたち『別れさせ屋』を釣り上げるために、手を組んでいるってわけ」


 クリスタニアはばっと髪を掻き上げた。


「今までは婚約者のご令嬢の助けがあったから楽勝だったんでしょう? そのご令嬢がターゲットと手を組んだらどうなるか。身をもって知ったご感想は?」


「……裏切られた意味がよく分からないんだけど」


 見下ろすクリスタニアの顔には、明らかな嫌悪が浮かんでいた。


「あなたに教えてあげる必要なんてあるのかしら」


「まあ、そこまでいじめることもない」


 椅子に座り冷めた茶を飲んでいたステファンは、にやにや笑った。


「俺が城に来る交換条件が、お前たちを捕らえる手伝いをすること……いや、王国のクレイスト第一王子を破滅させることだったからだ」


「!」


 ステファンの言葉にレイリアは息を飲んだ。


「そこの聖女様は、どうしても皇妃になりたかったらしいからな」


「当たり前でしょう。なんのために苦しい妃教育を乗り越えてきたと思っているの。それなのに、バッタバッタと婚約者が消えていって……。このままじゃ、聖女の期限も切れて、嫁き遅れちゃうわ!」


「聖女の期限……? ああ、二十歳……」


「だから、二十になる前に皇帝に嫁ぐ必要があるそうだ。ご苦労なことだな」


 何がおかしいのが愉快そうに笑うと、次の瞬間、ステファンは表情を消した。


「やはりあの男は、間違いなく王太子クレイストだったようだな」


「だ、誰がそんなことを……」


「お前のさっきの態度が十分証明してくれただろう」


「なんで、クレイストを狙っているの。……まさか、この場にいないのは……!」


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