第14話 逆襲のターゲット 1
「で、殿下……?」
「やっと俺の顔を見たな」
笑みを消したステファンからは今までの攻撃的な獰猛さは消え、代わりに氷のように冷たい、刺すような鋭さがレイリアを貫いた。
「お互い演技をしたままではラチがあかん」
「演技……ですか?」
恐怖に震えそうになるのを必死にこらえ、レイリアはにこっ、と微笑んでみせる。
ステファンはニッ、と口の端に酷薄な笑みを浮かべて応えた。
「聖女であるお前が王侯貴族専門の別れさせ屋をしているなど、誰も想像すらできないだろうよ」
一瞬で、背中に大量の冷や汗が湧き出す。
しかしそれをおくびにも出さずに、レイリアは続けた。
「一体……なんのお話? この怖い剣をどけてくださいませんか?」
「自分を死においやろうとした者になぜ自由を与えねばならぬ」
「死!? 私、そんなこと……!」
「やはり分かっていなかったか」
喉の奥で笑うと、ステファンはさらに刃を近づけた。
「お前がしてきたことは、そういうことだ。今まで別れさせてきた者たちがどのような目にあっているか。またその周囲の者たちがどうなったのか。お前は本当に分かっているのか」
頭に浮かぶのは、無事に婚約破棄できた令嬢たちの笑顔。
「ある者は遠い領地に幽閉され、ある者は廃嫡されて身分を失った。または、最初からその存在を消すために、血族に婚約破棄を利用された者もいる」
「そんな……」
「十年間。王国が跡継ぎ騒動で揺れる帝国に攻め入ってこなかったのはなぜだと思う。自国内での派閥争いの均衡を保つのに、文字通り必死だったからだ。血の流れない戦争が起きていたのだよ。その口火を切っていたのは常にお前だ」
(その後も、別れさせ屋で色々と王国のお貴族様たちの政略結婚を潰してきたでしょう? 崩れた足場を整えるのに必死で、王国も他国に干渉する暇などなかったのでしょう)
クレイストの言葉が蘇る。
「……」
レイリアはその場に膝を落とす。
一瞬前にステファンは剣を納めた。
「そんな……」
レイリアは手のひらで口を覆った。
確かに、令嬢たちのその後の話は聞いた。
自分が追放された後の国の様子も。
でも、ターゲットの王子たちの話を聞かされたことはあったか? その取り巻きたちのことは?
「ターゲットに敵意を向けられたことで、やっとそのことに気づけたというわけか」
ステファンは剣を突きつけていた時とは違う、落ち着いた声色で語り、レイリアの肩を抱いた。
「俺もお前がそこまで理解して別れさせ屋をやってきたとは思っていない。まあ、お前を操っていた男は別だろうが」
「その後」を気にするレイリアにクレイストがため息交じりに話してくれたのは、ターゲットの王子たちの話以外ばかりではなかっただろうか。
「あの男は別に親切心からお前に別れさせ屋という仕事を与えたわけではない。自分の企みにお前が必要だった。それだけだ」
「企み……。そんなもの」
あるわけない。その言葉がレイリアには言えなかった。
レイリアとて、そこまでクレイストを信じているわけではない。クレイストにはクレイストの思惑があるのだろうとは思っていた。
思ってはいたが、考えたくはなかった。
のんきに「身分違いの恋をしているのかな」と思っていた、あの時がひどく懐かしく感じた。
ただレイリアは「考えない」ことでクレイストに抱えた不安から逃げてきただけだった。そのことを改めて突きつけられ、目の前が真っ暗になった。
自分の知っているクレイストは、本当のクレイストではないのではないだろうか。
いつの間にか震えだしたレイリアの身体を、ステファンは強く抱きしめた。
「哀れな聖女よ。だが気にすることはない。お前はただ利用されたに過ぎない。何も悪くはないのだ」
耳元で甘く囁かれ、さらに抱きしめる腕に力が入る。
感じたのは官能の疼きでは無く恐怖だった。
でかかった悲鳴をレイリアは飲み込む。
ステファンの言葉が正しいかどうかもまだ分からない。しかし、検証は後回しだ。
正体がばれたのだ。
そして何よりも危機感を覚えるのは、この皇太子様は、レイリアの正体を知ってなお、どうやら身も心も、レイリアを奪う気満々だ、ということだった。
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