第13話 はじめてのおしごと 4

「肝が冷えました」


 王城に用意された貴賓室に入り鍵をかけると、クレイストはどっかりとソファに腰を下ろした。 どんな時も沈着冷静なクレイストにしては珍しく思い、レイリアは傍らにあった水差しの水をコップに入れて差し出してやる。


「……子爵令嬢が執事にこんなことをしてはダメでしょう」


「お嬢様の前でソファに倒れ込む執事もダメじゃん」


 むっとした表情を浮かべたクレイストは、黙ってコップを受け取り水を飲み干した。


「あの空気をよく無視できましたね」


「いつもあんな感じじゃ無かったっけ?」


「いや、あの殺気……をあなたが感じ取れるわけもありませんね」


「? それに、きっかけを作ったのはクレイストでしょ」


 コップを落とし、呆然とした顔をしていたクレイストを思いだすレイリア。


 今にして思うと、あれは皇太子を呼び寄せるための演技だったのだろう。


「え? ああ。ええ、そうですね」


 どことなく煮え切らない返事をすると、クレイストはふっと表情を曇らせた。


「この仕事、中止した方が良いのかも知れません」


「え? なんで? アタリは良かったと思うけど……」


 今まで王子たちの気を引いてきた中でも最上級の「アタリ判定」である「おもしれー奴」を引いた気がしていたレイリアは、怪訝な表情を浮かべた。


「良すぎませんか」


「……そうかなあ」


「よしんば引きが良いだけだとして、果たしてあの皇太子があなたと結ばれた後、あなたを簡単に手放してくれるか。そこにも不安がよぎります」


「いや~。私が言うのもなんだけど、あんなナイスバディで美人なクリスタニアさんが婚約者だった人だよ? 面白さだけで私に引かれても、そのうち女としても魅力が足りないことに気づいてすぐに飽きると思うんだけどなぁ」


「……まぁ、女性としての魅力で策を練ったことはありませんからね」


「……自分で言ったけど、そこそこ傷つく」


 茶化すわけでも無く至極真面目な顔で言われ、レイリアはちょっと傷ついた。


「……そいう意味ではありませんけどね」


 いじけるレイリアに聞こえないよう、小さく微笑んでクレイストは呟いた。


「そこに惹かれては困りますので」


「え? なんか言った」


「いえ、なんでもありませんよ!」


 クレイストは気を取り直すように立ち上がった。


「まあ。いつもより早めに逃げる算段をすることにしましょう」


「今回は随分と慎重なんだね」


「最後の仕事でミスはしたくないですからね」


 いつものように眼鏡のブリッジを指で押し上げて見下ろしてくるクレイストに安心しながらも、どこか不安な気持ちなのをレイリアは感じていた。




 皇太子ステファンは、思っていたよりも情熱的で、そしてせっかちだった。


 翌日から、レイリアはやたらと皇太子に遭遇することになる。


 迷った振り(仕込み)をして、密かに潜入の手引きをされて入った後宮で。


 風で飛んでいったリボン(仕込み)を取ろうと木登りしていた中庭の外れで。


 高貴なご令嬢からの嫌み(仕込み)でいじめられえていた渡り廊下で。


 部屋のベランダ(3階)の窓から夜中にひっそりと忍び込まれた時など、ときめきを通り越して恐怖を感じたぐらいだった。


 そんなこともあり、やたらと皇太子エンカウントを繰り返した結果、ついにこの時を迎えたのだった。




「レイリア。お前を愛している。俺と結婚してくれ」


 薔薇の咲き乱れる庭園で跪き、真摯にこちらを見上げてくるステファンに、いよいよもって喜びよりも違和感を覚え、レイリアは演技では無く素で固まってしまった。


(いやいやいや。早すぎでしょう、展開。まだ悩める皇太子を無神経に慰めようとする田舎令嬢とか、色々イベント、必要でしょうが!)


 お坊ちゃん王子様たちだって、ここまでちょろくはなかった。


 しかも、今はクレイストがいない。


 狙いすましたようにレイリア一人にさせての告白に、そこまで周到な男がこんなあっけなく陥落するとは到底信じられなかった。


「どうした。これはお前の求める展開では無いのか」


 固まるレイリアに、口の端に笑みを貼り付けたまま言いつのるステファン。


 その目が全く笑っていないことに、流石のレイリアももう気づいていた。


「嫌ですわ。殿下。私が何を求めていると?」


 天然に微笑みながらも慎重に言葉を選びながら言うレイリアに、ふっと表情を消すステファン。


「お前を選び、帝国の聖女であるクリスタニアを捨てた俺が廃嫡することを」


 椅子を蹴って逃げようとしたレイリアの喉元に、いつの間に抜かれたのか抜き身の剣が突きつけられていた。


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