第12話 はじめてのおしごと 3
「辺境の下郎が王宮の珠を娶るなど、分不相応ではありませんこと?」
ふと、近くの夫人たちが囁く言葉が聞こえてきた。
「クリスタニア様のご生母は、先々代の皇妃様の妹君のお血筋。清き御身がお可愛そうに」
レイリアたちに気づかず、夫人たちは話に花を咲かせている。
「皇太子様、以前は領地で牛や豚を育てることもしていたそうですわよ。家畜番ではありませんか」
「たままた前皇帝が視察に行かれた際にご母堂が目にとまり、一晩の慰み者とされた結果お生まれになったという話」
「まあ、それでは妾腹とも言えませんわね」
この手の口さがない話は「別れさせ屋」をしていれば日常茶飯事だが、やはり気持ちの良い話ではない。
レイリアはむっとしたが、クレイストに促され、その近くにそっと近寄った。
「でも前皇帝の目にとまるとは、皇太子様のご母堂様も随分とお美しい方だったのかしら」
「それはそうでしょう。ここだけの話ですが、あの王国の稀代の悪女・グレイシア公爵令嬢だったと言う話ですわよ」
「グレイシア……ってどこかで聞いたような」
グラスが割れる音が響き、レイリアははっと振り返った。
どうやらクレイストが手にしたグラスを落としたらしい。
らしくもない失態だが、それよりもクレイストが見たことのない唖然とした顔をしているのにレイリアは驚いた。
「どうかしたの、クレイスト?」
「……あ。これは失礼いたしました」
はっと我に返ると、いつもの「お役目用」の華やかな笑顔にやや困惑した表情を浮かべ、クレイストは一礼した。
「皆様もご無礼を……」
「何の騒ぎだ」
突然、脳天の上から低い声が響き渡った。
はっと見上げれば、漆黒色の瞳と目があった。「皇太子……ステファン殿下」
上座にいたステファンが、いつの間にかクリスタニアを放ったままこんな場所まで来ていたのだ。「これは皇太子殿下。ご無礼をいたしまして申し訳ございません」
クレイストが間に入ろうとするが、ステファンは片手でその動きを制した。
「俺はこの令嬢に聞いている」
レイリアの身体を緊張が走り抜けた。
威圧するわけでも無く、無意味に不機嫌さを醸し出しているわけでもない。
ただ語りかけているだけなのにこの迫力は何だ。 今までの「坊ちゃん王子」たちとは一線を画す雰囲気に飲まれかけたが、ギリギリ「お役目」を思い出し、踏みとどまった。
「申し訳ありません! あんまり大きなパーティだったものでうちの執事が舞い上がってしまいまして。凄いですね。さすが王宮。田舎の村祭りとは全然違うのですもの!」
にっこり微笑み、全身で感動を表現する。
貴族のご令嬢にはあるまじき態度だが、「先月まで田舎で平民やってました。急ごしらえの貴族です!」な雰囲気は出ているだろう。
普段でさえそれで押せるのだ。
見ろ! この会場中を威圧しまくっている皇太子の圧にさえ気づかない、無神経な天然ぶりを!
いつの間にか、会場は静まりかえっていた。
ホール中の人間の視線が集まっているのをレイリアは感じていた。
正直膝が笑いかけていたが、レイリアは必死に気合いで押し殺す。
(こちとら『貴族未満の聖女様』演じ歴十年よ!負けてたまるか!)
やがてふっと皇太子が小さく、本当に小さく笑った。
「……面白い娘だな」
(「おもしれー奴」いただきました!)
心中ガッツポーズをするが、それをおくびに出さすきょとん、とした表情を浮かべてみせる。
「……また、会おう」
登場したときの重厚感が嘘のように軽やかに身を翻すと、皇太子ステファンはその場を去って行った。
遠くでクリスタニアが小さく親指を立てているのが見えた。
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