第11話 はじめてのおしごと 2

「?!」


「聖女の意に反して、その身を汚すことまで含まれるのか。興味はありますね」


 上目遣いに見上げてくるクレイストの顔に、レイリアは枕を押しつけた。


「……冗談ですよ」


「悪趣味が過ぎる!」


「二十歳になるまでは、ちゃんと聖女として働いて貰わないといけませんしね」


 枕を押しのけると、クレイストはレイリアの隣に腰掛けた。


「つまり、我々と依頼主はそういう微妙な関係なのですよ。今回の場合は、相手にイニシアチブを取られてしまっていますからね。受けざるを得ませんが、慎重に事に当たった方が良さそうです。よからぬ噂も聞きました。どうもこの町はきな臭い」


「そう言えばクレイスト、今日は誰かに会いに行っていたんだっけ? ……女の人?」


「……あなたが昼間から何を考えていたのか、おおよそ見当はつきました。ご安心なさい。男性ですよ。昔なじみに、ちょっと確認したいことがあって」


「確認? 何の?」


「……まあ、杞憂かも知れませんのでね。もう少し確かなことが分かったらお知らせしますよ」


 珍しく言葉を濁すクレイストに、レイリアは小首を傾げた。


「そんなことばっかり言って、大事なことは何も教えてくれないから……って、あれ?」


 気づけば、クレイストは目を閉じて寝息を立てていた。


「まったく、いつも自分勝手なんだから……。


 まあ、その辺が元王子様っぽいかな……」


 脇に寄せてあった毛布をクレイストにかけると、クレイストに背を向けてレイリアも眠りについた。


 規則正しいレイリアの寝息が静かに響く中、クレイストは目を開けた。


「まったく。警戒心がないというか、お気楽というか」


 半身を起こしてレイリアの寝顔を見つめると、クレイストは小さく微笑んだ。


 それは決してレイリアに見せたことがない、優しい表情だった。


「あなたには、聖女の務めなどさせるつもりはなかったのですけどね。ましてや、世界を救うなど」


 レイリアの頬にかかる髪を指でのけ、クレイストはその頬を優しく撫でた。


 眠りながら、レイリアが小さく微笑んだ。


「聖女である、という呪いなどに、決してあなたを蹂躙させはしない。今度こそ、ね」


 その額に、そっとクレイストは口づけた。


「どうせそろそろ限界だったんです。この仕事で最後にしましょう。穏便にすめば良いのですが……」


 何か漠然とした不安を覚えたが、それはいつもと違う仕事を抱えたせいだと考え、クレイストは今度こそ本当の眠りについた。




 皇太子の名前は、ステファンと言った。


 依頼人の聖女の名前はクリスタニア。


 ベールを取ったクリスタニアは、白金の髪と紫水晶色の瞳を持った美女で、まさに「聖女」のイメージそのものの清楚な印像を持った女性だった。


 対してステファンは真っ黒な髪と同色の鋭い目、細身だが鍛えあげられた身体付きの厳つい印像の美丈夫だった。しかも野性的でありながら、とてつもない色気を放っている。


 雰囲気だけでも真逆の二人だった。


「美女と野獣ね」


「それは私たちのことですか」


「……どっちが野獣?」


「答えを聞きたいですか?」


「……いいや」


 王城で主催されたパーティに紛れ込んだレイリアとクレイストは、物陰からそっとターゲットの二人を伺っていた。


 ちなみにレイリアはいつものストロベリーブロンドのカツラを被り、クリスタニアから提供された甘めのドレスを身に纏っている。


 対してクレイストは、グレーの短髪の鬘に金古美色の髪を隠し、眼鏡を外して執事服を身に纏っている。設定は「聖女の力を見いだされて平民なのに子爵家の養女になった少女」と「子爵にお守りを任された執事」という、二人にとってはど定番のものだ。


 当て馬役のクレイストは、いつもにも増してめかし込むため、その美貌が倍増される。


「可愛い」売りなだけの自分が到底叶うわけも無いことをレイリアは実感している。


 そんな美貌のクレイストを蹴落としてレイリアをゲットすることも、男にとっては結構な快楽らしい。


「意外と皇太子様の周りにご令嬢が少なくない?」


「この国の王は聖女と結婚することが決まっていますからね。纏わり付いてもメリットはないでしょう。逆に反感を買うことの方が怖い。そこを狙いますか」


 皆が恐れ、近づいてこない自分に唯一近づいてきた異性。そんな感じでいくか、という相談だ。


 皇太子と性質があわない、というだけあって、横に並ぶクリスタニアは始終びくびくしている様子だ。


 皇太子はそんなクリスタニアを特に邪険に扱っているわけではないが、どこか持て余している様子にも見えた。


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