第10話 はじめてのおしごと 1

「だから……。お金のためだけじゃなくて、これからの私たちの生活にも関係してくることなんだよ! 世界大戦になんかなったら、クレイストだって困るでしょう? それに私ったら、聖女だし!」


 宿屋の一室でベッドの上で力説するレイリアに、ベッド脇の椅子に座ったクレイストはさらに渋面になった。


 寝間着に着替え眼鏡を外している。


 同じく寝間着に着替えたレイリアは、枕を抱えて力説している。


 大演説をかますには、なんとも情けない姿である。


「それで聖女レイリア様は、世界を救うために別れさせ屋をやるというのですか」


「結果的に世界を救うために別れさせ屋をやるんだよ。それに今度こそ、聖女の私がやるべき仕事じゃない」


 いつになくやる気のレイリアに、クレイストはため息をついた。


「別に聖女だからと言って、この世界の役に立たなくてはいけないわけではないのですけどね」


「え?」


「いえ、こちらの話です。どうせあなたは、誰かに頼られたら断ることなんてできないのですから」


「いや、そんなこと……」


「どこかの王太子の突拍子もない依頼を、後先考えずに二つ返事で承諾したのはどこの誰でしたっけ?」


「……王太子本人が言う?」


「廃嫡王子ですが」


 クレイストは足を組み直し一つ大きなため息をつく。


「まさか、そこをつけ込まれたんじゃないでしょうね。……いや、まさか。考えすぎですか」


「あんたはつけこんだんかい!」


「それはさておき」


 クレイストは腕を組んでレイリアを真っ直ぐに見つめた。


「で、どんな首尾になっているんですか」


「引き受けていいの!?」


「良いも悪いも……。どうせ、その分だと私たちが別れさせ屋をしてきた経緯も話してしまっているのでしょう?」


「え? よく分かったね」


「あなたの思考回路ぐらいは把握しています。そう、この世界の誰よりも、ね」


 クレイストは目の奥を光らせた。


「こちらのことがばれている以上、引き受けざるを得ないのですよ。この仕事は、お互いに負い目があるからこそ成り立つのです」


「……負い目?」


「今まで婚約破棄に手を貸してもお咎めがなかったのは、依頼主たちが私たちの存在を必死で隠し続けているからに過ぎません」


「依頼人が?」


「そうです。もし事が露見すれば最悪、国家反逆罪で一族郎党皆殺しになってもおかしくはありませんからね」


「一族郎党って……」


 青くなるレイリアを鼻で笑うクレイスト。


「まあ、そうならないようにするのが私の手腕ですよ。依頼主たちも私たちとの関係性がばれない限り、婚約破棄はただの馬鹿王子のせい。自分たちは被害者だ、としらを切り通すことが出来ます。逆に王家から慰謝料として自分たちに有利な条件を引き出した貴族も少なくありません。でもそれが、結託した計画だと知れたら……。ただではすみませんよ」


「でもそれなら、逆にこっちが依頼人に狙われるんじゃ……」


「おや。少しは考える頭を持っていましたか」


「褒め……てはいないよね」


「いえ。多少の危機管理能力はあるようで、安心しました。少々明後日の方向ですがね」


「明後日?」


「あなたは自分の価値をご存じない」


「私の……価値?」


「私の命はともかく、聖女を害することに恐怖心を持っていない人間など、どれぐらいいることでしょうね」


「……どういうこと?」


「魔王を倒す力を宿した人間を害したとき何が起こるのかなど、誰にも分からないということです。だからこそ、聖女は崇められ、同時に恐れられているのです」


「何か……起きるの?」


「さあ? 試してみますか?」


 椅子から立ち上がり、ベッドの上で枕を抱えて半べそをかいているレイリアに近づくと、クレイストはその髪を一束その手に掬った。 


「ちょ……っ! 何?!」


「害する、という意味がどこまでの範囲なのかも分かりませんからね。命を奪うことなのかそれとも……」


 クレイストは手にしたレイリアの髪に口づけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る