第8話 聖女、登場 1
その人に出会ったのは、運命な気がした。
クリスタニアに出会ったとき、レイリアは確かにそう思ったのだった。
町に着き、いつものように宿を取った。
ロランは大抵馬車の中で休み、クレイストとレイリアが部屋を取る。
幼馴染みとはいえ、そこには微妙な主従関係が残っているらしい。
当たり前のように節約のために二人一部屋だ。
「私があなたを襲うというのですか?」
と最初の旅で真顔でクレイストに問いかけられて以来、ずっと同室である。
子ども時代は良かったとして、そろそろ宿の従業員の見る目も痛いなあ、とレイリアは思う。
そんなクレイストが「知り合いに会うので」と珍しくおらず、そんな時に付き合ってくれるロランも外出中。ぽつんと宿屋に残ったレイリアはベッドの上で枕を抱きしめてぼーっとしていた。
何せ、クレイストの「明るい家族計画」を昼間に思いついたばかりなのだ。このタイミングで「知り合い」……。
もしかして、王子クレイストの思い人は帝国の誰かなのか。だとしたらなるほど、廃嫡を目論見、今まで王国ではその人に操を立てて女性関係が一切無かったのかも知れない。
ますます自分の考えの信憑性が増してきたことに戦くレイリアだった。
死ぬと思った十歳の時に記憶を取り戻して十年。「自分は聖女なのだ」ということが、この世界での存在意義だった。
しかし、魔王のいないこの世の中で、クレイストが作り出してくれた「聖女別れさせ屋」の仕事がなければ、「聖女」であることになんの意味があるのだろうか。つまりそれは、自分が生きる価値を見いだせない、ということになる。
それに、前世を思い出してからずっと考えているが、一体ここはなんなのだろう。
確かに乙女ゲームの世界に似ている気はするし、婚約破棄のシーンに出会う度、これはあのゲームで見た気がする、これはあのライトノベルで読んだ気がする、と思うのだが、どれも確証が持てず、「ゲームや小説の世界に転生した」という実感もない。
だからこそ、未来の予知もできないし、特殊な力も自覚できない。するべき事が全く分からない。つまりは「生き方が分からない」という、前世を全く同じ状態になってしまったことに気づいてしまったのだ。何も考えずに仕事だけをしていたあの日々と同じ……。
自分の葬式で、心にさざ波一つ立てない参列者の列を思い出し、ぞっとした。
だからなのか。ことさらに何かに頼りたい気持ちが強く沸いてきたのだが……。
「そんなときに限って、いないのよね」
いつもクレイストがいるべき横の場所に枕を投げつけると、レイリアは一人、宿を出た。
そこは「白い空間」だった。
神と聖女がそのまま石に姿を変えて町を見守っているという言い伝えの通り、巨大な白い神像が夜の闇の中、わずかな蝋燭の灯りの中で信者を見下ろしている。
聖女の像には白く大きな羽根が生えている。
もちろん、レイリアには羽根はないが、あれは背中の聖痕の像徴なのだろう。
神の像と聖女の像が打ち倒しているのは、背中に6枚の黒い羽根を持った魔王だ。魔王は黒い石で作られており、まるで神と聖女の影のようだった。
ロランに教えられた「聖女の教会」で、レイリアは神像を見上げていた。
この神が自分をこの世界に呼び込んだのだろうか。
それとも、聖女によって神は違うのだろうか。
その神は、一体、自分に何をさせようというのか。
「……あなたは……聖女様?」
いきなりかけられた声に振り向くと、そこには白く長いレースのベールを頭から被った、儚げな美女・クリスタニアが立ち尽くしていた。
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