第7話 帝国~「聖女の国」へ 2

 しばらく進むと、検問の長い列が現れた。


「うわあ……。凄い列だね」


「こりゃあ、時間がかかりそうだなあ」


「首都であることを差し置いても、随分と警戒していますね」


 さりげなくレイリアの横に並ぶと、クレイストは差し込む夕日が眩しかったのか目を細めた。


「それは、あれだ。新皇帝が擁立されたことが原因じゃないのかな」


 幼馴染みの気楽さか、ロランのクレイストに対する口調は砕けたものだ。


「ここ十年。前皇帝が崩御された後、親族で血で血を洗う権力争いが繰り広げられたと聞いていましたが」


「前王の兄弟たちに正妃の子どもに側室、愛妾、手をかけた召使いたちに産ませた子ども……。総勢何人いたんだかって感じだったからな。よくそこを王国に攻め込まれなかったもんだよ」


「帝国には感謝してもらいたいですね、主に私に」


「……なんでクレイストに感謝、なの?」


「おや、当事者のくせに分からないのですか。あなたは本当に馬鹿ですね」


「ば……」


「おいおい、やめてくれよ。検問前に騒動おこしてつまみ出されるとか、ご免だからな」


 眼鏡のブリッジを押し上げてせせら笑うクレイストにつかみかかろうとしたレイリアを、ロランは慌てて止める。


「でもまあ、確かに帝国が今存続しているのは、お嬢ちゃんのおかげって言っても、過言じゃないさ」


「ロランさん、いい加減、そのお嬢ちゃん、っていうのは……」


「ああ、ごめん、ごめん。レイリアお嬢様、だったな」


「そういうことでもないけど……。もういいよ」


 クレイストと同じくレイリアが10歳の時からの付き合いのロランには、どうやらレイリアが今もまだ小さな子どもに見えているらしい。



 また、優秀ながらも性格と態度に重度の問題があるクレイストと周囲とのクッション役もこなしてきたため、二人に対する態度はもはや「保護者」である。


「お嬢ちゃん、帝国が一番脅威にしている国はどこか、知ってるだろ」


「そりゃあ、王国でしょ」


 帝国に隣接しているのは、クレイストの故郷でである王国である。細かな国はあるものの、この二大国家がにらみ合っていることで、世界の均衡が保たれているといっても過言ではない。


「帝国の皇帝が亡くなった十年前。王国でも国を揺るがす大事件が起きていたのは、知ってるはずじゃないか」


「大事件……あ!」


「そうです。幼いながらも国を支えてきた天才の第一王子が、王位継承権を破棄され、追放されたのです」


 いけしゃあしゃあと解説するクレイストに「お前が言うな!」と心の中で突っ込みながら、レイリアは納得した。


「確かに大騒ぎだったけど……。でも王子様が抜けたぐらいで……」


「私はあの頃、軍部の作戦指令部長官を任されていましたからね~」


「え? 確かクレイスト、あの時17歳じゃ……」


 ロランが小さく笑う。


「いや、お嬢ちゃん。今頃それ、言う? こいつの異常ぶり、お嬢ちゃんもよく知ってるでしょ?」


「私が抜けた穴を埋める人材を探すのは大変だったでしょうね~。それに、廃嫡に際して資料を全部破棄してきましたので、相当後任者は困ったと思いますよ♪」


「……なんか王国に恨みでもあったの?」


「さあ、どうでしょう」


 にっこりといつもの「目が笑っていない」笑みを浮かべるクレイスト。


「その後も、別れさせ屋で色々と王国のお貴族様たちの政略結婚を潰してきたでしょう? 崩れた足場を整えるのに必死で、王国も他国に干渉する暇などなかったのでしょう」


「その間に皇位継承権がある人間がバタバタと死んでいって、最後に残ったラッキーボーイが皇位を継承することになったってわけだ」


「確か、どこかの辺境伯の息子だったと思いましたが」


「その辺境伯が前皇帝の乳兄弟で、前皇帝が遊びに行った際に奥方を見初めたって話だ」


「……え。人の奥さんに手を出したってこと?」


「はしたない言葉を使わないように」


 眉をしかめるとクレイストはため息をついた。


「まあ、お貴族様にはありがちなことですがね。


 ……確かその辺境伯爵の家には以前に王国から嫁がれた姫がいて、王国とも縁があるのではなかったでしたか?」


「そうだったか?」


「……」


「?」


 ロランとクレイストに変な空気が流れる。


 首を傾げるレイリアに、気を取り直すようにパン! とロランは手を打った。


「まあ、それはそれとして、帝国と王国の全面戦争、なんてことにならなくて良かった、良かった」


「……あれ。じゃあ、私ったら、無自覚のうちに世界を救ったってこと?」


 はた、と手を打つレイリア。


「じゃあ私、世界を救った聖女、ってことに?」


「なるかもしれませんねえ」


「おお、流石は聖女様」


「……そんな棒読みで言わなくても。分かってますよ。ちょっと言ってみたかっただけですよ」


 いじけるレイリアを余所に、ロランとクレイストは話を続ける。


「今頃、城にその新皇帝様がいらっしゃってるんじゃないか」


「根絶やしにされた反勢力派が首都に入り込まないよう、警戒も厳重なのでしょう。……ということは、レイリアのせいで混雑している、と言えなくもないですね」


「え? 私のせい?」


「レイリアが戦争を防いだから、帝国が王国に支配されずに、結果面倒な検問が健在なんじゃないですか。どうしてくれるんですか?」


「え? いや、あの、その……」


「はいはい。クレイ、お嬢ちゃんで遊ぶのもそれぐらいでな。列、動き出したぜ」


 ガタン、と音を立てて馬車が動き出す。


「ああ、そうだ。お嬢ちゃん。この町に行ったら教会に行ってみるといい」


「教会?」


「ああ、あそこに尖塔が見えるだろう?」


 門の中に、ひょっこりと尖った屋根が見える。


「この町は、聖女伝説が残っている町なんだ。あの教会は聖女を祀っているって話だぜ」


「……聖女伝説」


「お嬢ちゃん、いつも気にしていただろ。聖女って何をしたらいいのか、って」


「……うん」


 この相談も、ロランに何度したことだろうか。


 聖女として生まれたからには、聖女として人に関われることがあるのではないだろうか。


 それはレイリアの人生の命題とも言える問題だった。


 クレイストに聞けば「私の役に立てばいいんですよ」という答えしか返ってこないため、もっぱら人生相談はロランが担当だ。


 そのクレイストと言えば、横でどこかブスくれた顔をしている。


「先人の言葉を聞いてみる、っていうのも一つの手だと思うんだよな」


 先人の聖女。


 少なくとも、自分みたいなことをしていた聖女はいないだろうな、と思いながらも、レイリアはどこか期待を抱かずにはいられなかった。

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