第6話 帝国~「聖女の国」へ 1

 沈みかけた日の中に、新しい町が浮かび上がる。「うわあ……」


 堅牢な壁に囲まれた大都市だ。


「ロランさん、今度の町は随分、凄い壁に囲まれているんだね」


 クレイストの側近だったロランは、今では「別れさせ屋」の仲間の一人だ。


 クレイストとは乳兄弟であり幼馴染み。廃嫡された後も決して側を離れなかった「忠義の人」である。


 クレイストとは十歳違いだから、三十七にはなっていると思うが、あまり年齢を感じさせない若々しい容貌をしている。


「いい年して若作りだ」とクレイストが嫌みを言えば「お前にあわせてやっているんだよ」といつも笑っている気の良い兄貴分だ。


「そりゃあ、帝国の首都だからね。守りも堅牢になるってもんさ」


「私、帝国に来るの、初めてだ」


「良かったですねぇ。私と出会わなければ、あの町から生涯出られなかったかも知れませんよ」


「……クレイストは王国を出たこと、あるの?


 王子様なのに」


「優秀な王子様はそれなりに他国へ出向かなければならないんですよ。あなただって、私と婚約した時に弟に会えなかったでしょう? 帝国に留学中でしたから」


「偽装婚約ね。……そう言えば、弟さんとはそんなに年が違わないんでしょ? なんでクレイストは留学してなかったの」


「私は優秀なので、他国の学校など一年あれば履修し終えてしまうんですよ」


「うわ。また出たよ、天才自慢が」


「おや。この程度で自慢と思われるのは甚だ遺憾ですね」


「……まだ何かあるの」


「お嬢ちゃん、この王子様はね。本来初等教育のご遊学に出かけたはずが、大学院で博士号取って一年で帰ってきたんだよ」


「……げ」


「たかだか初等教育に三年もかけている弟と一緒にされては、困りますね」


「こんなお兄ちゃんで、弟さんはさぞ苦労しただろうね……」


「それが留学から帰ってきたら、廃嫡されてるは、ロリコンの変態扱いされてるわで、もう何が起きたんだかって、感じだったとは思うぜ」


「いろんな意味で規格外だね……」


「それほどでも」


『そこは褒めてないからっ!』


 レイリアとロランの声がハモった。


「前に帝国に来たのは、前王の即位何周年かのお祝いの時だったっけ?」


「父の名代で挨拶に来たとき以来ですから……、十五年ぐらい前になりますか」


「じゅ……。その時、クレイストいくつよ」


「十二歳ですが。それが何か?」


「……いえ。なんでもありません」


「まあ、その時からふてぶてしかったよ。こいつは」


「失礼な。利発で聡明だっただけですよ」


「自分で言うか……。あ、そう言えば、その利発な王子様が、一瞬行方不明になって真っ青になったっけなあ」


 懐かしそうに言うロランに、ふっとクレイストが視線をそらした。


「そんなこと、ありましたか?」


「迷子になるようなタイプじゃないからさぁ。こりゃあ、誘拐でもされたかと大騒ぎになったけど、こいつひょっこり帰ってきてさ。何の騒ぎですか、とか涼しい顔で言いやんの」


「あの時はさすがに怒られましたねぇ……」


 顔をしかめて脳天を撫でるクレイスト。


「とても、痛かったです」


「……え? 殴ったの? ロランさんが? クレイストを?」


「あははは」


 馬を操りながら、ロランは快活に笑った。


「こっちの心配もしらないで、って感じだったよ」


「だからといって、殴ることはないではないですか。何事かと思いましたよ」


「こっちのセリフだっつーの」


 むくれて振り返るロラン。


「いや~、後にも先にも、あれ以上心臓止まりそうになったことはなかったね」


「……本当に、お人好しですねぇ。あなたは」


「でもあれ以来、お前は俺に心開いてくれるようになったよな?」


「おや。本当にそうだと思いますか?」


「二人が昔から何にも変わってないことは、よく分かったよ」


 レイリアは大きくため息をついた。


「……でも、珍しいね。子どもだったからっていっても、クレイストなら大騒ぎになることは分かっていたような気がするけど」


「……知人にね。ちょっと会いに行っていたんですよ」


 外に目線を向けたまま、ロランに聞こえないぐらいの小声でクレイストは呟いた。


「知人?」


「そう。とても近しい……遠い人にね」


 謎めいた言葉の続きは、聞くことができなかった。


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