第5話 聖女様の秘密のお仕事5
その時から「本当の理由」を聞く機会を逸している。
だからなぜクレイストがそこまで廃嫡にこだわったのか、また平民になりたがったのかの理由はレイリアは知らない。また知りたくもないと考えていた。
クレイストの事情を除けば、確かにこの「聖女の別れさせ屋」は案外妙案だった。
一般的に平民は貴族に近づける者ではない。
しかし「聖女」ともなれば話は別だ。
どの貴族も箔をつけるため「聖女」との繋がりは持ちたがったし、何しろレイリアはとてつもない美女なのである。
見た目も良く、「平民」ということで周囲にいるご令嬢とは全く違う雰囲気を持つ美女。それがレイリアだ。
ご令嬢が婚約を破棄したがるほど、婚約者との間は冷えている、となればなおさら男はレイリアに傾く。
そこへ婚約破棄される令嬢と、婚約者を奪う聖女がグルになって仕掛けてくる。
さらに「当て馬」としてクレイストが登場する。ある時は聖女の幼なじみ、ある時は護衛の騎士、ある時は豪商の息子。婚約者の正確に合わせた「恋のライバル」として登場し、恋心をあおる。たいしてレイリアに興味が無くても「取られる」という状況に陥ると、不思議とのめり込むのが男の性ですよ、とはクレイストの談。しかも見目麗しく頭脳明晰なクレイストを蹴落とせるというイベント付き。世間知らずのお坊ちゃまたちを陥落する、十分すぎる布陣だった。
「別れさせ屋」の依頼人には、本当に男性はいなかった。
強いて言うなら、令嬢を婚約破棄させたい父親や恋人たちからの依頼、といった体だ。
しかし、クレイストには、一切女の影はない。
そうなってくると、ますますクレイストの目的は謎だ。
クレイストの次の依頼人は、クレイストの幼なじみの隣国の侯爵令嬢からの依頼だった。そこから紹介に次ぐ紹介を経て、今に至る。そんなツテで受ける依頼だから、依頼人はもっぱら上級お貴族様ばかりだ。
平民相手の方が楽ではないか、と進言してみたことはあったが「平民ではそんなに金にならない」と一蹴されて終わった。
「よくもまあ、この仕事が続けられているんもんだね」
「まあ、それもそろそろ限界が近いですけどね」
札束と貴金属を厳重に梱包してしまうと、クレイストは淡々と言った。
「そうだよね……。そんなに婚約破棄を求める人もいないよね」
「逆です。婚約破棄を求める人はいくらでもいますが、あなたに限界があると言っているのです」
「私?」
きょとんとするレイリアにクレイストはわざとらしく大きなため息をついた。
「あのですね。どこの王子様が二十歳超えた聖女にうつつを抜かしてくれると言うんですか。聖女の期限は二十歳まで。忘れたのですか」
「……あ」
すでにあれから十年。レイリアはすでに十九歳。今度の誕生日で二十歳になる。
「早婚の貴族も多いんですよ。まあ、婚約者のご令嬢も、大体十八歳くらいまでですよ。もうあなたなんて、結婚適齢期、ギリギリです」
「じょ、女性蔑視の発言だと思わない?!」
「何を言ってるんですか。あなた、前世では二十五歳で亡くなったんでしょ。前世と今世をあわせたらもう四十五歳じゃないですか。この年齢、前世でももう立派な……」
「前世のことはぼんやりとしか覚えてないから、ノーカンよ!」
蕩蕩と暴言を吐くクレイストの顔に麦わら帽子を押しつけると、レイリアはふん、と横を向いた。 クレイストはなんでも知っている。
レイリアが前世の記憶を持った聖女であることも、いつの間にか把握されていた。
「今生では人に優しくしたいのでしょう? 私に優しくすればいいんですよ」
と言われたときの屈辱はレイリアは今も忘れられない。
財布の紐はもとより、生きる目的まで握られてしまったクレイストにレイリアは全く頭があがらなかった。
「まあ、ともかく」
麦わら帽子を脇にのけると、クレイストは真面目な顔でレイリアを見つめた。
「そろそろこの仕事も潮時です。今まで稼いだ金で、新しい事業を考えた方が良いですね」
「そう……だね」
嫌みな口調と人を見下した態度を除けば、クレイストの言うことはいつも合理的で、二人のよりよい生活を考えた言葉だ。
レイリアはクレイストとの付き合いで、ただ甘やかすことが優しさでは無いことを知った。
彼は彼なりに、優しいのである。
本来、庶民育ちのレイリアの方が逞しいと思われがちだが、クレイストがいなかったら果たしてこの世界で生き延びられていたか。十歳の時に野垂れ死にそうになっていたレイリアには今一自信がない。
今だって、新事業を何一つ思い浮かべられない。
レイリアはすっかり自分がクレイストに頼り切りになっていたことに今更ながらに気づかされた。 クレイストだって、いずれは誰か愛する人と家庭を持ちたいと考えているのではないか。
今まで女の影がなかったのは、ただ単にそのための資金を集めていたからではないだろうか。
考えれれば考えるほど、しっくりくる。
王子様が廃嫡を求めるなんて、身分違いの恋をしているに違いない。
そしてクレイストのことだ。目的のためには手段なんて選ばないだろう。
クレイストの目的達成の時、自分がどうなるのか……。
(このままでは、野垂れ死に一直線!)
レイリアは青くなった。
「本当に……、なんとかしなくちゃ」
「心配しなくても、頭を使うことは私が考えます。あなたはただ、私の言うとおりに動けばいいんですよ。馬鹿なんですから」
レイリアのつぶやきの本当の意味を知ってか知らずかクレイストは一瞬顔をしかめたが、すぐに素知らぬ顔で馬車の窓から外を見た。
「まあ、次の町に落ち着いてから考えましょうか」
「お話がまとまったところ、ちょうど良かった。町の門が見えきたぜ」
馬車の御者台から顔を覗かせた青年が、二人に声をかける。
タンポポの綿毛のようなふわふわした短髪をした青年が、人の良さそうな笑みを浮かべている。
レイリアは御者台に身を乗り出した。
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