従騎士アレン


 その青の騎士服の男は背が高く、顔を上げて仰ぎ見る必要があった。


 わたしは彼の空のように青い瞳を見返して、問いただす。


「どういうことですか?」

「あいつは危険だから、話しかければ怪我をする。だからやめた方がいい。代わりに……私が渡します」

「そうですか? いえ、でも……」


 思わずわたしは彼の言い分を信じかけた。が、彼が少し言い淀んだことが気にかかり、渡すことを躊躇ってしまう。


「おい。今、俺のことで何か言ったか?」


 数秒の膠着に割り込む少年の声。


 赤い騎士服の少年が踵を返して、路地裏に戻ってきていた。


 少年はこちらを訝しむように睨みつけ、青い騎士服の男も憮然とした表情で睨み返すものだから、あいだに立たされたわたしは息が詰まりそうになった。


 その険悪な雰囲気に突かれるようにして、わたしは少年の方へ羊皮紙を差し出した。


「あの、これを落とされたようなので――」

「あなたは話さないで」


 青い騎士服の男が前に出て、制止するが時すでに遅し。


 少年は、わたしの手の内にある羊皮紙を見て声を荒げた。


「……ッ! お前、俺からソレを盗んだのか?」

「彼女は盗んでいません」


 少年の言いがかりに対し、青い騎士服の男は断言した。わたしは彼の庇うような口ぶりに何の意図も見出せなかったが、それに同意し弁明を付け加えた。


「そうです。あなたが仕舞われたものがこぼれ落ちたので、拾って渡そうとしたまでです」

「嘘だろ? そいつとグルになって盗んだんだろうが」


 どうしてそう決めつけるのか。


 端から相手を盗人呼ばわりし、難癖をつける赤い騎士服の少年へ、わたしは当然の問いを投げかけた。


「何故、そのようなことをしなければならないのですか」

「はっ。第二騎士団のそいつはよく分かっていることじゃねぇか」


 第二騎士団という言葉が出た途端、ピリッとした緊張が空気を走った。


 それは目線という形で姿を現し、両騎士の間を冷たく雷のように飛び交った。


 赤い騎士服の少年はせせら笑いを浮かべて、慣れた様子で腰のレイピアに手をかける。


「ここでるか? 魔獣の相手すらままならない田舎者で金食い虫の第二騎士団が勝てるとおもってんのか」

「……」


 青い騎士服の男は反論することなく、押し黙っている。赤い騎士服の少年はまだ罵倒したりないのか、続けざまに誰にも聞かせられないような言葉まで言い放ち始める始末だ。


 わたしは少年の無礼で横暴な物言いを見過ごすことはできなくなっていた。


「あなたね――」


 わたしが言い返しかけた時、表の通りから迷子になった子供を探すような大声が響いた。


「おーい! シァト、集合だぞー!」

「チッ……飼い主ハロルか。今日のところは見逃してやるよ。返せ」


 素早い動きで少年はわたしから羊皮紙をひったくると、通りへ出ていった。


 それをわたしたちは呆然として見送り、数秒の内に理性を取り戻した。


「すみません! わたしのせいで迷惑をかけてしまって」

「いえ、とんでもない。……私が、ややこしくしてしまったようで申し訳ありません」


 彼は心苦しそうな表情で平身低頭に謝罪をした。


「頭を上げてください! どちらにしても赤い騎士服の彼には盗んだと疑われていたはずです。もちろん、女神ヴェルザンディに誓って、わたしは盗んでなどいませんよ」

「知っています。見ていたので」

「へ?」


 予想外のことに情けない声が出てしまう。


 瞬きをして見返すと、彼の先ほどまでの毅然とした態度が急にしおらしくなり、手持ち無沙汰に自分の髪を触り始めた。


「その、ベタな言い訳だとは理解しているのですが、あなたがハンカチを落としたので拾って追いかけてきたんです」


 髪を触っていない反対の手には、覚えのあるハンカチが握られていた。


 小物入れのハンカチの数を確認してみると、九枚しかない。道中でいつの間にか落としていたらしい。もしかして、猫に気を取られたとき?


 って、この状況はコデット姉様の言う通り、お友達になれる絶好の機会なのでは……。


「そうでしたか、ありがとうございます。ええと、そのハンカチはあなたに差し上げます!」

「………………えっ」


 しかし、何故か彼はとてもショッキングな顔になり、動揺している。


 まさかだが、わたしは今この瞬間、わたしの知らない皇都のしきたりに背いてしまったのでは……。


 そんな、せっかくコデット姉様に教えていただいた方法なのに、わたしは悪手をうってしまったらしい。


 不安で倒れそうになりながらも、わたしは彼の顔色を伺いつつ訊ねた。


「あの……その、嫌でしたか?」

「嫌も何も、あなたが……」


 そのまま彼は口を噤んでしまったので、わたしは大慌てで彼が不快になった理由を考え、声に出した。


「あっハンカチの色が気に入りませんか? いえ、一度地面に落としてしまったものを差し上げるのも良くありませんね。あの、贈る為のハンカチはまだまだありますから、交換させてください!」


 わたしはごそごそと小物入れの中を探し始めた。


 ハンカチの色は五色用意していて、男性向けと女性向けのデザインが各色一枚ずつある。今は一枚、彼の手元にあるから渡せるのは残り四枚で……。


「ふっ……あはははは!」


 突然、彼は大声で笑った。


 わたしがぽかんとした顔で見上げると、彼は余程面白かったのか、目尻の笑い涙を拭っている最中だった。


「はっはは……ごめん、てっきりオレなんかが触ったハンカチはいらないって意味だと思って、勝手に傷ついてた」


 爽やかに謝る彼の様子から、わたしも相手も、意図を誤解し合っていたのだと気付く。


 わたしは胸を撫で下ろして、微笑んだ。


「このハンカチは仲良くなりたい方にお渡しする為に持ってきたものです。そのような意味ではないので安心してください」

「もしや、あなたの方が不純ベタな動機だったりして?」


 青い騎士服の彼は悪戯な笑みをこぼしながら、わたしに訊ねた。


「ベタ? コデット姉様から教えて貰った友達づくりの方法ですから、使い回されていて当然かもしれませんね」


 そう言うと、彼の瞬きが増えた。


 直後、妙に気恥ずかしそうな様子になりながらも彼は口を開いた。


「オレ……じゃなくて私はアレンと申します。呼び捨てのアレンで構いません」


 アレンは右手を自身の左胸の上に置き、軽くお辞儀をした。


 わたしは再び思い違いに気付かされる。


 途中、アレンが言い淀んでいたのは使い慣れない自称や敬語で苦戦していた所為らしく、決してわたしを欺こうとして口籠った訳ではなかった。


 そう合点がいった後に、彼の壮健な見た目とは似つかない少年らしさが垣間見え、親近感が湧いた。


「わたしはロザリンド・デ・ナトミーと申します。今日は皇太子・皇太子妃両殿下の婚約パレードを観覧しに、ナトミー子爵領より皇都へ参りました」

「……領地持ちの貴族?」


 アレンの表情がサッと曇る。空色の瞳は今にも雨が降り出してしまいそうだった。


「?」

「すみません、なんでもありません。ロザリンド様。友達からでしょうか、これからよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ! お友達になってくださり、ありがとうございます!」


 気を取り直して、差し出された手と握手をした。


 剣だこのあるぶ厚い掌は、わたしの手を覆い尽くしてしまうほど大きく、それでいて慎重な力加減で包み込んでいた。民を守る騎士との握手は感慨深いものだった。


 また、何よりも嬉しいのは初めてのお友達ができたことで、つい口角が上がってしまう。


 わたしが満面の笑みできゅっと握り返すと、アレンは再び自分の髪を触りながら、優しく握り返してくれた。


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