Case10「アナタが犯人ね」
「しかし犯人がわかったっていうのは本当か? あのメモの中の人物、一人としか会っていないが……」
「犯人がわかったとは言ってないけれど」
「じゃあわかってないのか?」
「謎が解けたってことは犯人がわかったとほぼ同義だと思うけれど、違うこともあるのよねー」
「結局どっちなんだ!?」
こっちの方が近道だと森の中を駆ける。道無き道ではあるがこの程度、自分達であれば障害にもならない。マリンは少しだけ呼吸を急かすと更に足を速める。それに合わせてペースを上げて駆けるとカチャリという鎧の音が一層大きくなった。
「——それを……っ。確かめに行くんでしょう?」
「そうなのか……? っと、あと大きな木五本先に道がある、のとあちらが本当に予定通り終わらせてくれるならそこで合流——」
「——おや? 君達は」
言葉を待たずに彼女は飛び出す。それに一瞬戸惑いながらも遅れて大きく地を蹴った。マリンは額を伝う汗を拭うと口角を上げる。
「——はあっ……。ふう。——やるじゃない。ジャストタイミング」
「メイリーンさん……とアーサー様?」
不思議そうに首を傾げたのは馬車、その窓から顔だけ出したダリア。御者はサルビア本人がしている。マリンが見つめる視線の先にあるのは——
「サルビアさん、犯人がわかったわよ」
「……っ!? それは本当か! で、では今すぐ屋敷に戻って——」
その申し出をマリンは首を横に振る。ほんの少しだけ荒れた呼吸を悟られぬように整えた後に「ここで」と短く答えた。拭っても拭っても止まらない汗に苛立ちを隠せず周囲に冷気を溢れさせる。季節違いの寒さに馬車の奥にいるであろう姿の見えないベネティクトゥスは鼻をすすっている様子だった。
「——ここで話させてもらうわ」
「わ、わかった——」
精霊の加護を受けた鎧を纏っているおかげで寒さを感じることはないが、吸い込む空気だけ妙に冷たいというのも変な感覚だ。
「まずはサルビアさん。
「——それは……。それを知ってしまったら絶対にスターチス君を真っ先に疑ってしまっていただろう。そういう先入観を与えたくなくてな」
「ありがとう。先にそれを聞いていたならまず
「いや待ってくれ。それはなんか、こう……。矛盾しないか?」
スターチスから話を聞いた時から感じていた違和感というか矛盾。サルビアさんは先入観を与えないように、わざわざ大きな証拠となり得るメッセージの存在を隠蔽していた。たとえ捜査が難航しようとも冤罪だけは避けねばならない、と。証拠隠滅自体は褒められたことではないのだが、今回はそれが功を奏したらしい。
では自分が指摘した矛盾とは何か。それは最初に受け取った容疑者リストである。先入観を嫌い、証拠を隠すことまでしてしまうほどの人がわざわざ容疑者リストなんて渡してくるものだろうか。勿論自分達から見えている彼の像が合っているなら、という前提にはなるが、かなり不自然な行動だ。
「矛盾。そうね、矛盾。確かにあのリストを作ったのがサルビアさんならそうなるでしょうね」
「そうではない、と?」
「————————」
思い出す。きっと過去のやりとりにそのヒントはあるはずだ。そしてそれは案外簡単に見つかるものであるはず。
——あった。
視線をダリアに移す。あの時リストを渡してきたのは彼女だ。渡してきた彼女が作ったとは限らないがそう考えるのが自然なのは間違いない。ダリアは視線が集まっていることに気づくと首を横に振る。これは否定の意味ではなく、おそらく呆れているといったニュアンスのアクションだ。
「犯人が早く捕まるように助力しただけです。何かいけなかったの?」
「それ自体は不自然なことではないわ。でも考える素材としてはあまりにも主観が多すぎた。まるでそっちに誘導したいみたい」
「——素人なのだから仕方ないかと」
確かにメモの内容を思い返してみると「らしい」「可能性がある」「ように見える」など感想などの主観が含まれる説明が多かったように思える。でも彼女が犯人を逸らす動機が見当たらない。
「じゃあここで反則技一つ。
そこで晒したのは眼帯の奥に隠されていた氷結色の魔眼。輝くその瞳にダリアを映し出す。戦闘においては役には立たないものの、こと事件解明となれば推理も飛ばして結論を導きかねない反則級の異能だ。
「——あぁ。あれだけ悪意に満ちた場にいるとわからなかったけれど、今見てみると随分とこう、黒いわね」
「——……なんのこと?」
かなり苛立った様子を隠せないダリアは馬車から降りる。その後を追うように困惑の顔色をしたベネティクトゥスが外へと出た。一瞬だけ彼へと視線を移したが、興味無さげに再びダリアを睨みつける。ここでマリンがこれから何を言おうとしているのかようやく察しがついた。
「…………ッ!? 君はあれか。まさか犯人は——」
「えぇ、察しの悪いアーサー君でも流石に言いたいことはわかったみたいね」
布に覆われた左腕を腰にあて、生の右腕である人物を指差す。全員の視線はその先、一人の人物へと集中した。
——嘘だろ。まさかそんな……!
「ダリア・エリック。
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