Case11「逆鱗」
「ダリア・エリック。
「——私が、犯人ですって?」
マリンとダリア以外の人物は全て驚きの表情を露わにしている。それもそのはず。だって、メリットがないじゃないか。自分で自分の部屋を荒らして、なんの合理性が……。
「——あら、人間の感情に合理性を求めること自体ナンセンスじゃないかしら。それでも答えが欲しいなら、スターチスとの会話をよーーく思い出して。そこに欲しいものがあるはずよ」
——スターチスとの会話に答えがある……?
言われ即座に会話の流れを思い出す。まず最初にメモに書かれた内容と彼の主張を照らし合わせた。その時に部屋には婚約を破棄しろって置き紙があったことを——違う。その少し前に一つ些細なやりとりがあったはずだ。
「移り気で有名だった……?」
確かそう言っていたはずだ。移り気で有名だったから振られたところでそれほどダメージは無かったと。でもそれと直接の因果関係はないはずだ。移り気なことと婚約破棄は繋がらな——
「——あっ」
「繋がったかしら? 婚約自体は元々自分で取り付けたものではない。父親から一方的に押し付けられた望まない婚約だった」
「なっ——そ、それは本当なのか!?」
思いのほか大きな声が出てしまったのかベネティクトゥスは自分の口を押える。その様子を見るにどうやら彼自身も知らなかった事実らしい。サルビアもサルビアでバツが悪そうに視線を逸らしている。そして一人だけ、変わらず。彼女の表情から苛立ちの色は失せない。
「彼女の
「それならそうと言えば良かったことじゃない、のか?」
「上流階級の家にはそれぞれの事情があるのよ。さあこの調子で人の感情の謎について解体していきましょうかね」
マリンは全員が押し黙っているのを気にする様子もなく話を続ける気らしい。自分だって呆気に取られて何も言葉が出てこないのだ。当事者である彼らは特に思考を巡らせているはず。そんな中、口を開いたのはサルビア。何かを否定したいのか額に汗を滲ませて——
「し、しかし一体どうやって部屋を荒らしたと? ダリアが部屋から出た時に綺麗だったのも、帰ってきた時に荒らされていたのも一緒に使用人が確認している。荒らす時間なんて——」
「どうやったかにはそれほど意味がない、と昼に言ったばかりでしょうに……。まあどうしてもというならそれも簡単。答えはこれよ」
そう言って取り出したのは赤いヒヤシンス。これは確かダリアがくれた花だ。美しく整った綺麗な花だがこれに何か問題でもあるのだろうか。
「転移魔法ってご存じかしら?」
ぴくりとダリアは眉を顰める。他の二人も聞いたことがあるのか静かに頷いた。転移魔法といえばあれだ。一瞬で別の場所に移動できる高等魔法。まさかそれの使い手なのか? しかしそんな高等魔法を扱えるなんて話は聞いたことがない。
「惜しいわね。思い出してほしいのは宿のルームサービス。転移魔法は生物を移動させるなら難しい魔法なのだけれど、始点と終点さえ定めてしまえば物の転移くらいなら簡単。魔法の心得があればそう難しいことではないわ」
「——つまり?」
「————はあ……。始点と終点は彼女がいつも持ち歩いている花。これも見てみればわかるけれど魔力的な細工が施されてる。気付かないのはアーサー、
くすり、と悪戯っぽくわざと笑って見せる。そんな余裕の表情の裏で、全く逆に舌を鳴らしたのはダリア。なにからなにまでお見通しという態度が気に入らないのか荒っぽく腕を組む。
「だとしたら何よ! アンタみたいな冴えない女に……愛されたことすら無さそうな女にはわっかんないでしょうねッ!!」
「————」
まずい。その関連の話をして穏便に終わったことは知る限り一度もない。彼の話を聞こうとした四年前の僕が半殺しになったのは今ではいい思い出だ。いいやいい思い出ではない。
「待っ——」
「————それくらいあるわよ。
「—————————————————いた? 待て、マリン。君、自分で気付いているのか……? 君は、今いたと言ったんだ」
「——あっ」
「マリン……? ははっ、アンタ氷水の魔女なの?」
こちらも失言した! 名前は明かさないというスタンスなのは氷水の魔女という悪名を知られたくないがためだったはず。弱点とかを探られないようになんて言っていたが、半分間違いではない。しかし半分は間違いだ。もう半分は——
「いた、ってことはもしかして振られちゃったりしたのかなァ~?」
「っ……。そうじゃ——」
「じゃあ死んじゃったってことだ! あの話に聞いた厄災戦で死んじゃったかなァ~?」
逆鱗に触れられて抑えが効かなくなってしまうからだ。
刹那、言葉はなく返事と言わんばかりに冷気が場を満たす。言葉で制する隙は無かった。ダリアの身体は頭だけを残し、全て厚い氷に覆われてしまう。当然身動きをすることはできない。自分も含め誰も気圧されて身体を動かそうとすら思えない。
——今下手に動いたら確実に彼女と同じように氷漬けだ……。
誰かの喉が鳴る。冷気が支配した空間によく音が響き渡る。そんなこと知らぬと淡々と一人足を進める。やがてソレは美しき氷像の真正面まで辿り着くと、つーうっと指をなぞる。
「——顔だけ残したのはね」
再び誰かの喉が鳴る。彼女が氷水の魔女と呼ばれる所以。それはほんの少しでも敵意を向けた相手には容赦をしないこと。彼女は絶対そんなことをしないとは知っているが、人を殺しただとかの極端に悪い噂が立ってしまっているのも事実だ。……いや実際に半殺しにされたこと自体は多くあるが。それはそれとして実際に人を殺めるような真似はしないはず。まして死の悲しさを知っているはずの彼女ならばなおさら——
「意識だけは残したまま身体を砕いてあげるため」
——いや。何をわかった風に言っているんだ、僕は。マリンと行動を共にした時間なんてかき集めてもたかだか三か月もない。それで彼女のことを知っているつもりになっているなんて、思い上がりにも程がある……!
「身体は砕けても頭だけは残ってるからじわーっと。じわーっと意識が黒くなる。死を実感する。わあ、今から死んじゃうんだって考える時間がある。昔のことを思い出すだけの時間が与えられるって素敵ね。それとも死にたくないって言葉が頭を支配しちゃうのかしらぁ? まあ
今このまま見過ごしてしまえば彼女は間違いなくヤる。人間として越えてはいけない一線を越えてしまうことになるだろう。それだけは絶対にダメだ。何がどうダメなのかと問われればうまく説明できるものではないが、とにかくダメなんだ!
——言葉を捻りだせアーサー! あの時半殺しにされてでも彼女に教えを乞うた時の胆力はどこへ捨ててきた……!
「——マ」
一瞬だけ彼女の動きが止まった。試しに敵意を持って言葉を出してみればこの反応。もはや悪意だけを汲み取るシステムのようだった。その反応が悲しくて苦しくて、喉で詰まった空気を腹に力を入れぐっと吐き出す。
「っ……。ま、マーリン! 僕と勝負しろ!」
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