Case09「謎なんて大層なものじゃ」
「——そんなことはわかってるわよ」
自分で思いつける程度のことをマリンが考えていないわけがなかった。やはりこの事件は彼女に一任する他ないらしい。何か役に立てることくらいあると思っていたが、どうやら己惚れだったみたいだ。
——ダメだダメだ。気分が落ち込んでいれば美味い料理も美味く感じることはできない。折角こんなに美味しそうな料理が目の前に並んでいるんだ。
もう察してくれているとは思うが、今僕たちは宿にて用意される食事を口にしているところだ。ここではビュッフェ形式とコース形式のどちらかが選択できるのだが、マリンは人の多いところで食事を摂りたがらない。よって彼女の部屋に集合しコース料理を堪能しているところだ。
出てくるものはどれも一流のものばかりで、王城のそれにも劣らない味わいだ。マリンも大変喜んでいるようで、いつもなら食べる前に必ず何か危険はないか調べるはずなのだが——
「~~~~~~~~~~っ♪」
そんなことも忘れて(本人は粛々としているつもり)次々に口に運んでいく様は非常に珍しく、見応えがある。いつもは雑草むしって食べるくらい食にこだわりがないのでたまにはこういう食事も悪くないと思ってもらえれば幸いだ。
——毒気も少しくらい抜けてくれるといいんだが。
次に出てきたのは肉料理。大きな一枚の肉を一口大にカットしてあり、それに合うようなソースがかかっている。匂いだけでも食欲がそそられる。しかしなんだろこの肉は。初めて見るやつだな……。
ちらっとマリンの方を見てみる。多分今頃待ちきれなくてもう既に舌でその味を堪能しているかもしれないな、と気楽に考えていたのだがそれは甘い考えだったと思い知らされる。
「————これ」
驚いたように複雑な表情を浮かべていた。口にする前に。匂いを鼻に入れたであろうタイミングか。そんなタイミングでこの表情。
——まさか、毒か……ッ!?
心臓の鼓動が早く鳴る。ごくりと唾が喉を通る音さえ聞こえるほどの静寂が部屋を包む。ここは黙っていた方が良いか、彼女の口から何か告げられるのを待つべきか。ここは安易に答えを出して良い場面ではない……!
「——————————これ……」
この緊迫した空気、やはり毒か! 彼女の命を狙うためにこうも大胆な手段を取るとは……! しかし功を焦ったな! 犯人の不運は彼女が警戒心の鬼であったということ。そして料理に毒を盛れるということは犯人は内部犯に違いない! 今からでもスタッフを全員呼び出して——
「これ、ベッグタブルよね?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
「だからこれベッグタブルよね、って聞いたの」
「え、ええっと……」
コースメニュー一覧を見れば確かに『ベッブタブル』の名前が入っている。見るに豚の一種だと思うが聞いたことない種類だ。それとも新種か? いや、それだとマリンが知っていることへの辻褄が合わない。いやいや、別に馬鹿にしているわけではないが彼女は少なくともここ五年、人の世とは離れた生活をしている。ならば知っていたのはそれ以前。
「——交易を始めたって聞いていたけれど本当だったのね」
そう呟いてベッグタブルを口へと運ぶ。先程の少し
と——
「————————え?」
一筋。たった一筋だけだがそれを見逃すことはできなかった。それは今まで見てきた冷徹な氷の魔女としての側面からは想像すらできないそれが頬を伝う。
「あ——」
「ん、何?」
「————あぁ、いや。そういえばそんなことはわかってると言ってたな。もしかしてこの謎、既に解けているのか?」
「あら、そんなこと? それならまず間違いなく正解に辿り着いていると言っても過言ではないはずよ」
聞くことはできなかった。その涙のわけを。これ以上は部外者の自分が立ち入るべき領域ではない気がして。どうあがいても彼女の視界に自分はいない。何故なら——
——彼女の視線は常に過去を見ている。そんな気がするんだ。
「大体、これは謎なんて大層なものじゃ……って聞いてる?」
「——え、あっ、あぁ。それにしても君にしては珍しくはっきりとした言い方ではないのが少し気になった」
これはねー、となんとなくバツが悪そうにしている。今日は日頃見られないマリンの姿が見れて、これはこれで新鮮でよい。
「ほぼ確定だとは思っているけれど、その確定事項そのものが不確定ってのが難しい問題ね……」
「確定事項そのものが不確定? これまたややこしいな……」
閃きは悪くないと思っているが、如何せん恥ずかしながら地頭が良いとは言えない。言われれば理解できるが、少しこう曲がった伝え方をされると途端に思考が縮まる。こと戦闘においてはここぞという時の閃きも大事だが、根本的な思考力が無いとここぞという時以外戦果を発揮することはできない……と昔彼女から言われたのを思い出す。
——こう思い返すと僕ってあんまり成長できていないなぁ……。
「ま、当たってみりゃあわかることでしょ」
「えっ、当たって——」
「サルビアさんの今日のスケジュール、教えて。
「——勿論だとも。今日は私達と話しをつけた後に隣町へと商談。その時には勉強のためダリア嬢とベネティクトゥス氏も同行させているらしい。帰りは……もうあと一時間後くらいだな。あちらも予定通り進めているならこの調子だと道中で鉢合わせる形になると思う」
好都合、とだけ言うと残る食事を急いで口へと放り込む。出された食事はどんな事情があるにせよ残さない。これもマリンから教わったことだ。何回も何回もしつこいようだが本当にあの冷たささえなければただの良い人なんだが、と思いながら食べ進める。
野菜の甘味を自然に感じられる柔らかい肉が口いっぱいに広がっていた。
「うん、美味しい」
☆☆☆☆☆
「そういえば残りの人に話を聞かなくていいのか?」
「必要はあまり感じられないわね。例えばヴィンカ・グラスフィールド。ベネティクトゥスの幼馴染で、彼女は彼に想いを寄せているように見える。例えばトリッシュ・ブラックローズ。屋敷の使用人でいつもコキ使われることに思うところがあるらしい。この説明を聞いて何か感じない?」
「——……? いいや、特に……」
「————ならいいわ。さ、行くわよ」
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