幕間1「予防線なら十分」

 新たに確保した部屋に入って、まず魔眼で周りを見渡す。タンスの中、ベッドの下、浴槽、バルコニーも目視。一つ一つ隅々まで罠等仕掛けられていないか確認し、確実に無いと判断した後に氷による結界で部屋を覆う。ここまでこなしてようやっと息をつけた。


 ルームサービスであるドリンクをオーダーすると、テーブルの上に透き通るほどに透明な水がコップに注がれた状態で現れた。これは転移魔法の応用。通常、転移といえばかなり優れた魔法使いでも思った通りの場所に出ることが難しいほどの高等魔法である。まあそれも生物を飛ばすなら、という話限定なわけで。物だけであれば始点と終点さえ予め決めておけばある程度の魔法使いでもきちんと転送ができる。故にこういったサービスに転用できるように良いとこの宿では必ず魔法使いが常駐していた。


 コップを掴むと目を瞑り水に意識を集中させる。


 ——良かった。毒とかは無さそうね。


 水を飲むのにも一苦労。出された料理を食べるのなんてもっと大変。正直過剰な警戒だということはわかっていた。それでも警戒を解くことはできない。過去のある経験から。一つの問題が終わったとしても次の問題が瞬間に来ないとも限らないからだ。


 ——カレが今のワタシを見たら笑うかしら。『あぁ、お前は本当に不器用だな』って。


 ベッドに倒れこむ。身体が布団に沈むこの感覚、どれくらい振りだろうか。野宿野宿で、しかも寝っ転がるってことをあまりしてこなかったせいもあり妙に落ち着かない。


「——————」


 どれだけ落ち着こうと意識的に意識を落とすことはしない。眠りにつけばまた悪夢を見てしまうから。そして起きていれば否が応でも思考は回り続ける。


「それにしたって、あの子なんたってあんなに強情なんだか……」


 あの子、とは勿論アーサーのこと。どれだけ突き放しても必死な顔で喰らいついてくる。今では共に行動することも滅多になくなったが、あの一ヶ月は本当に心が落ち着かなかった。旅の仲間を作れば五年前の記憶が蘇る。皆、皆厄災戦でいなくなってしまった。自分だけがこうしてのうのうと生きている。一人だけで生きていくのは辛く苦しい。苦しくて苦しくてたまらない。だが、だからといって命を絶つなんて真似は絶対にできなかった。


ワタシとは関わらない方がいい——」


 もう他人を巻き込むのは御免だ。死なせたくない。苦しいのは自分だけで充分だ。


 だから他人を拒絶する。


 だから拒絶されるように生きる。


 容赦も油断もなく全てに厳しく生きなければ。


「——もはや呪いね、これ」


 自嘲気味に鼻で笑う。


 これは呪いであり贖罪。。故に別段得意でもない謎解きなんかをしている。


「——さっきから支離滅裂ね」


 思考に纏まりがない。まるで思考のごみ屋敷にいるみたいだ。何を拾えばいいのかも、何があるのかも、何が必要なのかもわからない。


 そんなごみ屋敷の頭でも確実にこなせていることはあった。


「————ワタシに近寄ったら、ダメ……。————っぐ!」


 氷結色の瞳が疼く。。悪意も善意も全て何かの変な色に見えるだけ。規則性もないため——


「ほーーーーーーーんっとに何の役にも立たない」


 日常生活を送る上では魔力を吸い取るだけ。



 まっいいか、と布団を顔に被せる。意識だけは落とさないように、思考もできるだけ回さないように。少しだけ休もう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る