Case02「アーサー」

 町へ入った時にふと奇妙な視線を感じる。それは予想できていた。ここは国が近いこともあり非常に小綺麗で治安が良いところである。そんなところに綺麗とは言い難い恰好をした女、一方は布を頭まで覆って最低限の視界しか確保していない長身変人マント。視線を集めないわけがない。


 視線があるからどうというわけではないのだが、正直気分の良いものでもなかった。だからせめてと思い、合流してずっと思っていたことを口に出すことにしたのである。


「なんでその布取らないの?」


 彼だけでも顔を晒していてくれればまだみすぼらしい女一人がいるだけでここまで視線を集めることもないのに、と少しだけ。訂正。かなりそう思っていた。


「いや、僕がこの布を取るメリットがないから取る気はないよ」

「でも取らないメリットもないでしょう?」


 ——ぐぬぬ。


「取らないデメリットがあるから言ってるの」

「取るデメリットがあるから取らないんだ」


 意固地だ。割と自分も意固地なところがあると自覚はあるが、それにしたって意固地だ。理由も話さないのにの言うことも効かない。これでは——


 ——もうっと気になっちゃうわね。


「————ッ!? そ、それは——」


 あれは四年程前。旅の地中に出会ったアーサーが私に弟子入りを志願してきた時のことだった。あの時はを失って間もなかったこともあり、尖っていた時期だったのである。断ってもついてくるし、とにかくしつこかった。仕方がないので一旦弟子として迎え入れ、魔法の修行をさせたのだ。だが魔法を習得させるために精霊が住まうという湖に無理矢理沈めたのが今でもトラウマになっているらしい。勿論、殺す気はなかったがこれだけすれば諦めてくれるだろうと思ったのもまた事実だった。


結局湖の底まで行って手に入れたのは精霊の加護を受けた剣と鎧だけ。その後少しだけ剣の修行をして私達は別れることとなった。


 と、そんな過去の話はどうでもよいのだ。私の視線に耐えかねたアーサーは大きなため息をついて布に手をやる。


「——どうなっても知りませんよ?」

「上等」


 ——それに私の思っている通りならきっと面白いことが起きる。


 布を取り胸元でそれを結び直す。その顔は陽に照らされ全貌を現した。


 アーサーの第一印象としては絶世の美青年。金髪碧眼。その顔は少年としての幼さを残しつつも十六とは思えない青年らしさが目立つ、一言でいえばイケメン。おそらく町娘の大半はこういう顔の騎士様が理想なのだろうというのは想像できるくらいに整ってはいる。


 と——


「えっ、誰あのイケメン……」

「うそでしょ。もしかして——」


 周囲ではひそひそというには大きすぎるこそこそ話が繰り広げられている。主に女子。女性。女子。女性。たまに男。


「あ、あの——もしかしてアーサー様、でしょうか……?」


 目線で助けを求めてきているが、せっかく勇気を出して話しかけてくれた女の子を振るような真似を彼がするとは思えなかった。正直に答えなさい、とだけ目線をやる。アーサは観念したようにごくりと唾を飲み言う。


「————あ、あぁ。僕はアーサーに違いないが——」


 瞬間、彼の言葉が終わる前にどうっと人だかりができる。それもそのはずで、王国では同じく正統派騎士顔としてお馴染みのイテグリア・エイカムを抜き、抱かれたい男ナンバーワン(現地メディア調べ)の称号を欲しいままにしているらしい。


 まあ想像通りである。彼は彼なりに自分の顔が良いことを知っているからこそ顔を晒したくなかったのだろうが、こちらとしてはそっちの方が好都合。自分に向けられる視線が別の方に向いてくれるのだから万々歳だ。


「じゃ、先に行ってるわよーー」

「あっ、ちょっと待って——」


 テキトーに声だけかけて忙しそうなアーサーはとりあえず捨て置く。宿のことは先に話し合っているのだから集合するのにも問題ない。


「顔が良いって本当に大変ね」


 心の中でくすりと笑い、足には感情を乗せず淡々と目的の宿へと向かうのだった。



☆☆☆☆☆




「あっ、ちょっと待って——はくれないか……」


 こうなることは薄々勘付いてはいたが、本当にやるとは。血も涙もない人だと心の中でため息をつきながら、とりあえず目の前の状況をなんとかしようと思案する。


 目の前の状況、とは女性に囲まれていること、だけではない。沢山の女性からアプローチを受けているのだ。いつものことと言えばいつものこと。いつもであれば一人一人していくのだが、今回に限って言えば間が悪すぎる。あの魔女を待たせてしまってはどんな仕打ちを受けるか想像できない。


 考えに考え抜いた結果、導き出した答えは——


「すまない。先程の女性と少し外せない用事があって今は時間がないんだ。こうして慕ってくれるのは嬉しいが今は応えられない。本当に、すまない」


 真実を話すこと。変に言い訳などせず直球で訴えれば皆わかってくれるはずなのだ。


「————わかりましたわ。それではせめてこれをお持ちになってください」

「ん、これはヒヤシンスか」


 数いる女性の中でも特に華麗で赤い長髪が特徴的な女性が手渡してきたのは、白く美しいヒヤシンス。


「ありがとう。君の想い、確かに受け取った」


 ふと、花から視線を彼女に移した時に見覚えのある顔に「あぁ」と納得する。


「君は確か……。ダリア。ダリア・エリックさん、だったかな?」

「まあ、わたくしの名前を知っていらしたのねっ」


 職業柄、王国周辺に住まう要人の顔と名前は頭へと叩き込んでいた。ダリアはこの町の町長の一人娘である。それは身形も他の女性より綺麗にまとまっているはずだ。


「僕自身まだまだ未熟とはいえ仮にも第二魔装師団の団長を務めさせてもらっていますから。せめて業務に差し障ることのないよう、できるだけ多くの方々のことを頭に入れているつもりです」

「それは立派な心掛けですねっ。——それはそうと先程の女性は一体誰ですの?」

「あー……。あの人のことはすみません。明かせないのです。業務上のことなのでできれば詮索無用、ということで」


 人差し指を口元へとやり、軽やかにウインクをしてみせる。もしあの人が見ていたのなら全力で笑われるような仕草だったに違いない。ともかくダリアはそれで渋々納得はできたらしい。


「まあいいですわ。——それではあの人にもこのお花を分けていただけると嬉しいです」


 そう言って差し出してきたのは赤い鮮やかなヒヤシンス。この町は花が素晴らしいと聞いていたが、ここまで美しい花がポンポンと出てくるとは思ってもいなかった。それを受け取ると静かに後ろを振り向く。


「それでは急ぎますので。失礼しまいたします」


 一礼だけして比較的全速力で待ち合わせの宿へと向かう。あまり行儀はよろしくないが、そんなことよりあの人の機嫌を損ねる方が圧倒的に恐ろしいことは骨の髄まで染みていた。機嫌がいつもより良い今のうちに合流するのがベストだと本能が訴えている。


「頼むからまだ毒よ、戻ってくれるなよ——!」

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