Case03「依頼」
宿へと到着するとそこにマリンの姿は見えなかった。まさかもう既に宿を借りているのか、と受付で確認をする。するとやはりというべきか自分の名前で二部屋押さえられていた。
——人の名前を使うのに全く躊躇がないのか、あの人は……。
「——僕の名前を使ってチェックインしたのは全体的に水色の女性で間違いないかい?」
「え、えぇ。アーサー様がここに来ることは事前に承っておりましたし、王城への入城許可書を持っていたのでそのままお通ししましたが、大丈夫でしたでしょうか……?」
「できれば僕が来るまで待ってほしかったが。——まあいい。彼女が部屋に入ってどれくらい経つ?」
「大体三十分は経過していると思われますが」
「なら身支度は終えてるか。ありがとう、では僕も向かうとしよう。部屋はあちらで合っているだろうか?」
「はい、そちらで間違いないです。それではごゆっくり」
ゆっくりするような時間はないけれど、と心の中で呟いて早歩きで階段を上る。ふと、途中いたカップルへと視線が流れた。特に羨ましいとか恨めしいとかそういう感情は湧き上がらないのだが、一つだけ気になることがある。
それはマリン・ブリテンウィッカのことである。気になる、とは恋愛対象だとかの話では全くない。単純に彼女のことがわからないのだ。今でこそだいぶ毒は抜けてきているが、四年前なんかそれはそれは過剰に研ぎ澄まされたナイフのような性格をしており、一緒にいた一ヶ月の間で何度も死にかけた。
自分のいる組織の先輩であるエイカムさんから一応過去に何があったのか聞いたことはある。五年前にあった厄災戦にて共に旅をした人達が亡くなり、そして——
——最愛の人を亡くした、と。
しかもその最愛の人を殺した者が彼の遺体までも持ち去ってしまったらしい。何の目的があるのかまでは未だわかってはいないが、彼女はそれを探している。僅かな生存の可能性に賭けて。当初は国も捜索を手伝っていたらしいが痕跡すら見つからないうちに時間が経ち、今では積極的に探すことはせず情報提供の呼びかけを定期的にする程度になっている。
彼女自身も既にほとんど諦めているはずだ。彼は見つからず、例え見つかったとしても生きている保証はない。それでも探し続けるのは何故か。
——愛故、か……。
正直恋愛経験はないに等しい。その場限りの関係を愛と呼ぶのなら経験だけは豊富なのだが、それとは違うような気がする。愛とは人をそれほどまでに夢中にさせるものなのか。
いや、そもそも愛なのかすらわからない。何か責任を感じているのか。それともそもそも理由なんてないのか。理由が必要としないまま、ただ責任だけを
「————————」
整理のできていない論を並べたところで本人ではないのだから結論なんて出るわけがない。とりあえずは考えることをやめて、彼女が待っているであろう部屋へと急ぎ足で向かった。
☆☆☆☆☆
「遅いわ」
今僕は部屋の中心でとある島の謝罪儀礼であるドゲザというものをさせられている。彼女が旅をしている中であの儀礼を見た時とても気に入ったらしく、少しでも機嫌を損ねた人物にはこれをさせないと気が済まないとかいう最悪に質の悪い習性を持つ。この女、本当に人並みの愛情を持っているのかと疑いたくなる。
「今の
「……僕はこれでも善処したのだが」
「善処しただけで合格するなら全人類合格しているわよ、ったく……」
親しい仲の人物に対しては知らないが(そもそも親しい人物がいるのかが疑わしい)、少なくとも知らない人や深い仲ではない人物に対してはこうやって過剰に冷たい態度を取る。取り繕うことなんて一切しない。遠慮だってしてやらない。言うべきことは言うし、言わないでいいことは言わない。そんなはっきりとした尖った態度を出しているせいか彼女にはとある悪名が付いている。水属性魔法、その派生である氷をマリンは得意としているため付いた通り名は『
そんな不名誉な渾名が付いていることを理解しているのか、できるだけ目立たないように、正体を明かさないように行動している。先程の行為だって自分から目線を逸らすためにしたことなのだ。人並みな恰好をして、人並みの笑顔で人並みに振舞えば、人並みに慕ってもらえるはずなのに。
——なんて口に出したら間違いなく氷漬けだな。
「……なんかすごぉく失礼なこと考えてなかった?」
「いいやそんなことはない」
「……まあいいけれど。——で、本題は何?」
「————————」
「だってそうでしょう。正直身を清めるだけなら魔法だけで事足りる。水属性魔法の使い手であるなら尚更。それでも強引に
流石はマリン・ブリテンウィッカ。世界に名を残す魔法使いなだけあって、洞察力は並みのそれではない。尊敬できる数少ないポイントかもしれない。
「——なんて失礼なこと考えてないでしょうね?」
「しまった——! やはり精霊の加護が効いていないのかッ!?」
「バッチリ効いているから安心なさい」
「ちぃっ! 騙し討ちとは卑怯な、マーリン!」
「そのマーリンってのやめなさいな、恥ずかしい。それと本題聞いた後これだから覚えときなさいね」
そう言って拳を上から下へと振り下ろすポーズをしていた。あれは間違いなくゲンコツだ。その左腕で殴られた日には数時間目を覚まさないことを覚悟しないといけない。流石にそれは嫌なのでこれ以上機嫌を損ねないよう本題を口にする。
「マリン・ブリテンウィッカ。君へ事件解決の依頼が届いている」
「————ったく、本当に面倒ね」
彼女はいつもそう言うそうだ。本当にめんどくさそうに。
だがしかし、次にいつも辛そうにこう言うそうだ。
「いいわ。その依頼受けましょう」
まるで何かの贖罪でもしているのかように。
或いは誰かのことを想いながら。
「あぁそれとこれ。町長の娘さんから君への贈り物だ。忘れないうちに渡しておこう」
胸元から出したのは先程受け取った彼女の分の赤いヒヤシンス。今のうちに渡しておかなければタイミングを見失いそうだったので、忘れぬうちに。
「————ふーん……」
マリンは受け取るなり美しいヒヤシンスをじっと見つめて、そっと机の上に置いた。人からの好意を無下にしないところは好感が持てるのだが、もう少し態度に出してもよいと思う。
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