Case01「お迎え」

「————————さん」

「————————————ん……」

「————リンさん!」

「——もう少し……」

「マーリンさん!」

「——ッ!?」


 呼ばれた声に反応し、身体を跳ねさせ即座にを放ち手持ちの短剣を構える。銀の鎧の上から顔を隠すように布を被っている高身長の男らしき人物はそれを腰に提げている剣でもって迎撃。一、二、三の呼吸でマーリンと呼ばれた女の懐に入ると剣、ではなく拳を振るう。


「なんの——っ!」


 身体を翻して拳を避けると足で蹴り上げる。左腕で地面を叩き無理矢理身体の軌道を修正し、今度は脳天を揺さぶった。流石にこれは効いたらしく、ふらりと一歩男が後ろへと下がる。


 そんな隙を見逃す女ではなかった。短剣を投擲するとそれは男の胸元、銀の鎧が一番輝くところへと命中する。勿論、そんなところを狙っても有効打とはなりえない。しかし目的はそんなことではない。脳が揺れている状況で短剣を投擲することで更に相手の反応をもう一歩遅らせる。


 肉の拳で未だはっきりと見えない頭部に一撃加えると、足を払い男のバランスを崩させた。「うわあっ!?」なんて青年の声は女の耳には入っていない。どんな理由であれ油断はしないと決めた。自分やその周囲に害をなすものがあれば容赦も油断も——


「ま、待った——!」


 ……………………………………待ったもなく。


「今僕のことわかったよな!? わかった上でまだそれで殴ろうとしただろう! そういう人の事を一ミリたりとも考えないところが君の悪いところだぞ!!」

「————なぁんだ。アーサーだったのね。てっきりか弱い女の子を狙った暴漢かと」

「かよ、、、わい、、、、、、?」

「なァンか文句あるのかしらァ???」

「あ、あぁっとすまない! 謝るからその左手を収めてくれ——!」


 女は男がアーサーと呼ばれる知った人物だと把握すると水色のワンピースや、その上から羽織っているボロ布についた砂埃をはたきながらとりあえず拳を収める。何事もなかったかのように穴倉の奥へと向かうと腰を下ろし、誰にも干渉できないように氷の壁を精製する。いつもであれば必ずこのように氷の壁で身の安全を確保してから眠る彼女だが、今回は数日寝ていなかったこともありすぐ意識を落としてしまったのが過ちだったと反省していた。


「いやちょっと待ってくれ! は君に——マリン・ブリテンウィッカに用があって来たんだ」

「————なに? ワタシ、疲れてるのだけれど」


 普段なら無視しているところだったが、アーサーが自身のことを『私』という時は公の場に立っている時や、仕事に関する話をする時だとマリンは知っていた。故に彼の話を無下にすることはできなかったのである。それでも彼女の話し方には強い棘があり、彼女のことを知らぬ者が聴いたなら間違いなく萎縮してしまっているはずだ。しかしそんな圧も気にせず、いつものことだと流すアーサーは伝えるべきことを簡潔に伝える。


「君の到着が遅れているようだったので迎えに来た」

「そんなの——いつものことでしょうに」

「だが今回はそうも言ってられないようだ」

「——へぇ、あのエイカムが焦ってるってのね? 珍しい。いいわ、急ぎましょう。誰かさんのせいで万全とまではいかなかったけれど、少しは回復できたから」


 それに関してはすまないと思っている、と頭を下げたアーサーはしかし考え事をするように手を顎へとやる。十六という年齢に似合わない年老いた仕草に少し笑いそうになるのを堪えたマリンは相手の顔を覗き込むように、


「何か考え事? ワタシで良ければ相談に乗るけれど」

「————明日は世界が滅びるのか」

ワタシが優しく振舞うのがそんなに珍しいかっちゅーの!?」

「いつもより毒がないと思ってね。何か良い夢でも見られたのか?」

「——んなわけないでしょ」

「はは、それはそうだ。あっと、それはともかくとして、君の容姿のことなんだが」

「容姿? 二十二になっても相も変わらず目を見張る美人なのだけれど」

「そういうところだぞ……。——女性にこういうことを指摘するのはあまり良くないとは思うけど、かなり身がボロボロだ」


 傷自体は回復魔法をかけているから目立つ外傷はないとは思うけれど、と氷で鏡を精製し自身の姿を見て思わずげっ、という声が出た。


 それもそのはず。目立つ傷はないものの、水色の髪はボサボサで、綺麗な碧眼の下には大きなクマ。左腕の覆ったボロ布は文字通りボロボロで、隙間からは美しく輝く透き通った水色の光が漏れている。その癖、魔力で補修してあるワンピースだけは綺麗なのだから歪だ。事実だけを言えば確かにこのマリン・ブリテンウィッカという女性は美人、いいや美少女なのである。しかしそれと同時に今の彼女の身だしなみに関しては見るに堪えないという感想を抱かざるを得ない。


「いくらズボラだとは言っても王都へ向かうのにそれはだらしなすぎる。一度近くの町で身支度をするべきだ。いいや、しなければならない」

「で、でもワタシには時間が——」

「い・い・ね?」

「ここまで気圧してくるのは珍しい……。————はあ、しょうがないか。いいわ、まずは近くの町に寄りましょう。話はそれから、ということで」


 かくして二人は目的地であるシューメンヘル王国に行く前に近くにある町にて身支度をすることとなった。

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