第一幕「マリン・ブリテンウィッカの事件簿」

Case00「戦いの果てに失ったもの」

 吹き荒れる砂嵐、その中で一人歩く影があった。それはかつて熾天使いと呼ばれた大魔法使い。今ではその契約の九割以上と左腕を喪失して熾天使いの二つ下の階級である『座天使いスローンズ』程度、つまり並みの魔法使いよりは断然強いが、熾天使いには手も足も出ない程度の力しか残っていない。喪失した左腕の代わりに氷で歪な腕を精製している。人のような柔らかさはなく、固く、冷たく、まさに今の彼女の精神状態をわかりやすく表現した象徴。


 歩く。歩く。一体何年こうして歩いたのだろう。胸の奥に微かに残る契約の痕を頼りに彼女は男を探して歩く。みんなはもう彼は死んだと言うが、それを認めることは彼女にはできなかった。


 ——大丈夫、魔力はまだこうして繋がってるから生きているはず。


 ——目の前で胸を貫かれて絶命したのを見たのに?


 ——うるさい、黙れ。まだ生きてる。そんなことはワタシが一番よく知ってる。


 ——でも死んだ場面を見たのも事実。なにより自分ジブンだけじゃなくて、いろんな人が見てた。


 ——うるさい。


 ——これでも諦めない?


 ——うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……。うるさい!


 ぶおっ、と一段と強い風が吹くと踏みとどまろうとしたが、砂に足をとられて後ろへと転げ倒れる。倒れたまま周囲を見渡して洞窟を見つけると、這いながらそちらに身を隠して火を灯す。ここは夜冷えるらしく、体温が既に自分でもわかるほどに冷たくなっていた。


 ——今日はここらへんが限界ね。時間は惜しいけれど、ワタシが死んだら元も子もないわ。カレを探せる人間はワタシしかいないのだから。


 疲れているが、眠ると必ず悪夢を見るため眠りたいとは思えなかった。歩いている時は気付かなかったがどうやら相当に空腹だったらしい。水分だけは取っていたが食事はここ数日取っていなかったので当然と言えば当然だ。といっても食べるものは生憎持っていない。何か無いか周囲を探していると洞窟の奥の方に何か草らしきものが生えているのがわかる。


「……………」


 特に何も思うことはない。それを口に放りこんでよく噛む。当然味なんてない。強いて言えば苦い。そんなことは正直どうでもいい。死ななければそれだけでよかった。


眠りたいとは思えなかったが、これも生理現象。食べて安心して休める場所を見つけてしまうと自然と瞼が落ちていった。その頬には一筋の涙。


 ——ガイナ、貴方アナタは今どこで何をしているの?


 心の中でそう呟いたのを最後に、彼女の意識は途絶えた。

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