#02 ジュゼット・ドバリー

 あなたはひとり、医務室へ向かっている。左手を鼻血の受け皿にして、時々、血がにじむ頬に触れながら。

 あなたがこんなことになったのは、ほんの数分前のこと。あなたはただ、ひとりで廊下を歩いていただけだった。そんなあなたの顔に、衝撃が走った。

 悪ふざけか、魔法で遊んでいた生徒たちの流れ弾が、無防備なあなたの顔に直撃したのだ。

 その生徒たちは「ヤベッ」だの「逃げろ!」だの言って、倒れたあなたを放置して去ってしまった。あなたはクラクラする頭で「逃げろはないだろう」と考えながら、頭の揺らぎが落ち着くのを待った。

 残念なことに、悪ふざけで遊べるほどそこを通る人は少なく、助けは現れなかった。あなたは仕方なく、自力で医務室へ向かうことにしたのだった。

 いったい自分が何をしたと言うのか。

 考えながら歩いていると、ようやく正面に人の姿を見つけた。白い髪と長いスカートをなびかせながら歩いてくる女子生徒。

 あなたは彼女に見覚えがあった。

 やや伏目がちに歩いていた彼女は、あなたの気配に気が付いたのか、視線をあなたに向けた。

「あら?」彼女は呟くと、のろのろ歩くあなたに駆け寄って顔をまじまじと見る。「あらまぁ、痛そう」

 知らない女子生徒に声を掛けられ、あなたは狼狽する。その狼狽は、その生徒を知らないというだけではなかった。

 あなたは、これほど美しい人を見たのが初めてだった。

 彼女はあなたに状況を尋ねることもなく、

「医務室へ行くのね、付き合うわ」

 と狼狽するあなたの背にそっと手を回して言った。

 あなたは気が動転したかのように首を横に振るが、彼女はあなたに微笑みかける。

「遠慮なさらないで、心配させてくださいな」

 その笑みにあなたはノーを唱えることができず、彼女に支えられながら医務室へ向かった。


 医務室に着くも、先生はいなかった。それに気づいた彼女は、困った、と頬に手を添える。

「そういえば、今日は会議だって先生方がおっしゃっていたわ」

 彼女は視線を上に向け、少し考えると「そこに座ってくださる?」とスツールを指した。

「あたくし、こう見えても怪我の治療は得意ですのよ」彼女は自信満々に言ったが、すぐ自信を失ったように付け足す。「……応急処置程度だけれど」

 あなたは言われた通りスツールに腰かけ、処置道具を用意する彼女の後ろ姿を眺めていた。

 彼女は道具を揃えると、正面の椅子に腰かける。

 ずっと鼻をおさえるあなたを見て、彼女は首をかしげた。「……鼻血?」

 頷くあなたを「先に顔を洗いましょうか」と洗面台に促す。

 あなたは顔を洗ってすっきりすると、彼女が何者かすら知らないことを思い出した。彼女がくれた白いタオルで顔を拭きながら、改めてスツールに腰かけ、あなたは尋ねる。

「あら」と彼女は驚いた顔をした。

「ごめんなさい。てっきり知っているものかと……」手元の道具に視線を落として続ける。「ジュゼット・ドバリーよ。自分の学校の生徒会役員くらい覚えておきなさいな」

 その名前にあなたは驚いた。

 ジュゼット・ドバリーはこの学園の有名人だ。

 生徒会役員の決め手となる討伐大会に中等部3年にして、高等部を抑えて全体成績2位という偉業を成し遂げた。そして今年、高等部1年に進級。副生徒会長を務めている。

 ドバリー家4人兄弟の末っ子だが、両親にも兄たちにも似ないその美貌は異端であった。しかし、そのずば抜けた才能は、そんなことを些細に見せるほど。

 そんな有名人に名前を問うなんて。

 あなたが謝罪すると、ジュゼットは小さく笑んだ。

「覚えておきなさいな、とは言ったけれど、謝るようなことじゃなくてよ。毎日大変だもの、関わらないような人間のことなんて覚えていられませんわ」


 ジュゼットはあなたと雑談しながら、手早く処置を終わらせた。

「これで終わりよ」とジュゼットは立ち上がる。「あなたは念の為ベッドで休んでおいてくださいな。あたくしは先生を呼んできますわ」

 廊下に出ようとする彼女を、あなたは呼び止める。振り返ったジュゼットに礼を言うと、彼女は微笑んだ。

「どういたしまして、また困ったらいつでも頼ってくださいな。あたくしは貴方の味方よ」

 そう残して、彼女は医務室を後にした。

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