第5話 私と彼は失恋した。

 彼と最後に会ったのは、初めて会ってから何度目かの夏の終わりだった。


 私と彼は色々なところへ行ったけれど、最後は彼の故郷の海だった。

 夜の海は大きな生き物みたいに動いている。生き残りのツクツクボウシがずっと鳴いていて、うるさいのに寂しい気持ちになる夜だった。


 今日は少し気分がいいと言った彼が、億劫そうに、それでも私の隣を歩き、「結局はここの海の話をする羽目になるんだろうな、天国で」と呟いた。

 彼はその時、女性のような姿をしていなかった。ニットの帽子を被り、Tシャツと大きめのカーディガンを羽織っている。


「私、好きな人がいるんだ」と、私の方から話題に出したと思う。彼は目を見張って、「マジ? どこの誰よ」と身を乗り出してきた。

「ちょっと変わった人だよ。顔はいいけど」

「やめときなさい、そんなやつ」

 真剣な顔で祥吾さんはそう言った。私は思わず吹き出して、「やめときなさいでやめられるようなもんじゃないんだよ、恋は」とちょっと胸を張る。すると彼は、「……そう」と呟いてうつむいた。


「結局、恋をするってどういう感じなのかな」

 そうして彼は、私にそう尋ねた。彼は最後までその感情を誰かに抱くことがなかった。

 対して私はそれをよく知っていたけれど、彼のおかげで痛いほどによく知っていたけれど、上手く表現する術を持たなかった。


 たぶん、と私は口を開く。


「わからないけど、上手く言えないけど、きっとあなたはその気持ちを知ってるよ。自分に足りないものがあって、それがこの世界にきっとあるはずだって求め続けるその気持ちが、私の知っている中では一番“恋”だよ」


 彼が一瞬呆気に取られて、しかしすぐに「じゃあ失恋してるじゃん、俺」と言った。そして言葉とは裏腹に――――なぜだかひどく嬉しそうに、笑ったのだ。

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