第6話 ニーズヘッグの街

「じゃあ、その『血風の狼団』っていうパーティに置き去りにされたって言うのか? まったく酷い話だ」


 アイナがダンジョンに一人でいた理由について問われ、二十階層で囮にされそのまま置き去りにされたと事情を説明したところ、アレスが憤りの声を上げる。


 ここはダンジョンから五キロほど離れた街「ニーズヘッグ」。街の入り口から一番近い「リシリーの宿屋」の一室である。


 五階層からダンジョンの出口まではあっという間だった。ずっとおんぶされて恥ずかしかったアイナは何度も「降ろしてください」と頼んだのだが聞き入れられず、途中からアレスが交代して最後までおんぶされていた。その間ずっとキュイックはアイナの頭に乗って時折「キュイ!」と鳴いていた。どうやら楽しかったらしい。


 ダンジョンを出てからはモニカとネネの女性二人が交代で手を握ってくれた。アイナを気遣って何度も途中で休憩しながらニーズヘッグに到着した次第であった。


 アイナ本人は全く気付いていなかったのだが、アイナには『庇護欲をかき立てる』スキルが備わっていたようだ。いや、そんなスキルは存在しないのだが。


 単に、アイナが可愛らしくて素直で健気けなげだったので、『銀獅子団』の四人が放っておけなくなったのである。有体に言えばアイナを気に入ったのだった。


「でも、私の『献身デボーション』が彼らの思い通りに役に立たなかったから……」


 街への道中、アイナは自分のスキルのことを四人に話していた。特に『拒絶リフューザル』についてはアイナにも良く分からないスキルだったし、危うくアンデッドと間違われて討伐される所だったので真っ先に伝えた。


「だからと言って置き去りにするのは違うと思うわ。十二歳の女の子をたった一人でダンジョンに置き去りにするなんて、冒険者、いえ人間として失格だわ」


 モニカがぷんすか怒りながら口にする。


「その前にアイナを囮にして自分たちは逃げたんだろ? 魔物に向かって投げるなんて」


 ヒューイの怒気を含んだ言葉をネネが引き継ぐ。


「ん……極悪非道」


 ダンジョン内であろうと人を殺したり故意に死なせたりしたことが露見すれば罪に問われる。ただ、アイナの場合は本人が生きているので話がややこしい。


「置き去りにされたことは間違いない。なんせ俺たちが見付けたんだからな。アイナ、気を悪くしないて欲しいんだけど、奴隷契約は『所有権の放棄』で解消されるんだったよな?」


 アレスの問いに、キュイックを頭に乗せたアイナは腕組みして「うーん」と眉を寄せて目を瞑っている。その姿に四人全員が(かわいい……守りたい……)と思っていた。庇護欲が全開だった。


 ダンジョンで出会ったとき、誤って殺してしまったのではと思った直後にアンデッドと間違って武器を向けた負い目、そして何よりもダンジョンにたった一人で取り残され、深く傷ついた少女が、「一緒に行こう」と言ったときに見せた涙が、彼らの心を撃ち抜いた。


 アイナをそんな目に遭わせた奴を許せなかったし、二度とそんな目に遭わないよう守らなければならない。それが自分たちの務め。彼ら四人はそう思ったのだ。決して彼らはロリコンやシスコンの類ではない。庇護欲をかき立てるアイナが罪な女の子なのである。


「たしか、契約にそのような文言があったと思います」


 アイナの言葉に四人が我に返った。Sランクの『銀獅子団』が危うく十二歳の少女に籠絡される所であった。危ない。


「お、おう。なら、取り敢えずこのまま一緒に王都に向かおう。そこでアイナは正式に奴隷契約を解消して、新しい身分を手に入れればいい」


 アレスの言葉に、アイナ以外の三人が「こくこく」と頷く。主に「一緒に王都に向かう」という部分に対する同意であった。


「新しい身分、ですか?」


 アイナは、自分は『献身デボーション』によって死ぬ運命だと思っていた。だから未来のことなど思い描けなかった。今も戸惑いしかない。


「ああ。王都に着くまで時間はある。その間にゆっくり考えたらいい」


(新しい身分……私、何をしたいんだろう……?)


「ま、難しいことは一旦忘れて、風呂にでも入って飯食いに行こうぜ! もう少ししたら晩飯の時間だろ?」


 ヒューイの軽口にアイナも「はい!」と頷く。


 さて、『銀獅子団』の四人がアイナにメロメロなのに、『血風の狼団』はなぜアイナに酷いことをして来たのだろうか? 実は、アイナの『拒絶リフューザル』が『血風の狼団』に極軽く作用していたことが理由である。

 アイナのことを「身代わり人形」程度にしか見ていなかった『血風の狼団』に対して、拒否反応が出るのも仕方のないことであった。


「さぁ、アイナ。一緒にお風呂に行こ!」


 モニカがアイナの手を取る。いつの間にか反対の手をネネが握っていた。キュイックはアイナの頭の上で絶妙にバランスを取っていた。一般的な宿屋では部屋に風呂は付いていない。従って大浴場に入ることになる。男女で分かれているだけマシな方である。


 脱衣所でモニカが豪快に服を脱ぐ。その脱ぎっぷりは見事であった。そして、冒険者として鍛えられた二十一歳の弾けんばかりの肢体がそこにあった。具体的に言うとボンキュッボンである。


 一方、ネネは静々と脱いだ。が、そこに恥じらいはなかった。単に動作が遅いだけであった。そして十八歳には見えない、アイナをそのまま大きくしたような肢体がそこにあった。具体的に言うとぺたんであった。


 お姉さん二人がマッパなのに、自分だけ服を着てるのが変だと感じるアイナだったが、同性とは言え人前で裸になるのは抵抗がある。もじもじしていると、モニカとネネが両側から服を脱がせにかかった。それは見事な、ある意味手慣れた脱がせっぷりであった。


 瞬く間に下着まで剝ぎ取られたアイナは、左腕でない胸を隠し、右手で下の方を隠した。その姿にモニカとネネは萌えた。だが萌えただけである。他意はない。二人ともそういう対象は男だ。他意はないのである。


 だが、モニカとネネは必要以上にアイナのお世話をした。髪を洗い背中を流す。十二歳だから一人で洗えるにも関わらず。モニカがキャッキャ言いながらアイナの全身に泡をなすりつける。ネネも自身のキャラ崩壊に気付かずキャッキャ言いながら泡だらけのアイナを堪能していた。ちなみにキュイックはお湯を張った桶の中から三人の様子を不思議そうにじぃっと見ていた。


「アイナのお肌、すべすべだねー」「うん、すべっすべー」


 アイナは困惑していた。くすぐったいやら恥ずかしいやら、でもモニカとネネのことが好きだから拒絶できない……


(もう、二人の好きにさせよう……)


 ひとしきりすべすべされた後、二人はようやく気が済んだようでアイナの泡をお湯で流してくれた。


「さ、アイナ。湯船に入っておいて」「さ、さ」


 少しぬるめの湯船に浸かりながら二人を見る。二人は隣同士で、黙々と髪を洗い、黙々と身体を洗い、あっという間に湯船に飛び込んで来た。そしてモニカとネネに挟まれ、三人で並んで肩まで浸かる。


「ふぅーっ! 一か月半ぶりのお風呂! 気持ちいいわぁ」

「ん。お風呂さいこー」


 モニカの言葉にネネが同意する。


「アイナはどう? 気持ちいい?」


 モニカが何気なく口にする。そこに他意がないことはアイナにも分かっていた。『血風の狼団』と居た半年の間、まともに風呂に入れたことなどなかった。風呂の気持ち良さなど忘れかけていた。


「はい! すっごく気持ちいいです!」


 アイナが満面の笑みで答えると、モニカとネネも安心したような笑顔になった。





 お風呂から上がり、アイナはモニカとネネが街に入った途端買ってくれた新しい下着と服に着替えた。その姿を二人は満足そうに眺める。(うん、似合ってる)(かわいい)言葉に出さずとも、二人の思いは同じであった。庇護欲ってなんだろう?もはや単なる過保護であった。


「おー、女性陣がやっと戻って来たぞ。アレス、飯に行こうぜ」

「そうだな。三人ともそれで良いかい?」


 リシリーの宿には食堂がない。そこで、出来るリーダー・アレスは、宿の主人に美味い食事処を聞き出していた。ちなみに普段は行き当たりばったりである。今はアイナがいるので事前にリサーチしていた。アイナを喜ばせたいからだった。やはり過保護である。街への道中でアイナの好きな食べ物も聞き出していた。出来る男は違う。一歩間違えばただのシスコンだがアレス自身は気付いていない。


 そして、アレスは意気揚々とリシリーの宿の扉を開けた。続けて四人がついて来る。キュイックを頭に乗せたアイナは一番後ろでネネに手を引かれていた。


 外に出た途端、少し離れた所にいる三人組を目にしてアイナが目を見開いて固まった。その様子にネネが尋ねる。


「ん、どした?」


 アイナの視線の先には、ベルク、グラン、リリアの三人。『血風の狼団』の三人のうち、ベルクがアイナを射るような目で見ていた。

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