第7話 望まぬ再会

その気配に真っ先に気付いたのはヒューイだった。


 ヒューイ・マッカーが十二歳で授かった原初スキルは『察知ディテクション』と『俊敏アジリティ』。現在二十四歳の彼はその二つのスキルを上限までレベルアップし、常に『銀獅子団』の最前線で索敵に立つ。

 ツンツンと立てた黒髪は触ると痛そうだが攻撃力はまったくない。ただし本人はその髪型をいたく気に入っている。焦げ茶色の目は細く不機嫌そうに見えるせいで女の子にモテないことを気に病んでいるが、根は優しいナイスガイである。


 リシリーの宿屋を出た瞬間、十メートル程離れた三人組がこちらを窺っていることに気付く。反射的に腰の後ろに手を回すが武器は宿に置いて来た。取りに戻るべきか迷い中。


 ネネは、握っている小さな手にぎゅっと力が入ったことに気付いた。


 ネネ・モード。身長が低いことがコンプレックスで、いつも踵の高い靴を履いている。たとえダンジョンでも厚底の靴を手放さない。いくら危険だと注意されても、だ。十八歳の女心は、安全よりもお洒落優先であった。

 原初スキルは『叡智ウィズダム』一つのみ。青みがかった長い黒髪に紫の瞳の彼女は幼く見えるが、血の滲む努力の末に高位の攻撃魔法を体得した『銀獅子団』の頼れる後衛である。ちなみにパーティ最年少の彼女はそのスキルを駆使して作戦立案役も担っている。


 そんなネネがアイナのわずかな異変に気付いてその視線の先を追ったが、そこにはすでにネネとアイナを庇うように金髪をポニーテールに結んだモニカが立っていた。その濃い青の瞳が三人組を見据えていた。


 二十一歳のモニカ・エルベドは、美しくも可愛らしい容姿で一部の冒険者の間ではアイドル扱いになっている。だがその実力はまったく可愛くなかった。

 原初スキル『癒し手ヒーラー』『必中ハンドレッドショッツ』を存分に活かし、パーティの回復役と後衛の弓使い(アーチャー)を任されているが、その体術はリーダーのアレスを凌駕するほど。膂力の差でアレスに及ばないものの、技術だけなら負けない武闘派である。今もトラブルの臭いを嗅ぎつけて、パーティの中で最も血を滾らせていた。


 そして、先頭にいたアレスはヒューイとほぼ同時に三人組の気配を察知していた。


 アレス・レオンハート、二十六歳。『銀獅子団』の仲間以外は、その出自を知らない。短く刈り上げた銀髪にエメラルドグリーンの瞳。端正で優し気な面持ちの彼はモテた。だがヒューイもアレスを妬むようなことはなかった。その力、技、精神力。常人には窺い知ることすら出来ない高みに到達するまでに、どれだけの血を吐いたのか想像できるからだ。


 アレスは「盲目」だった。しかし、そのハンデは克服し、健常者以上に「視えて」いた。


 アレスの原初スキルは『心眼マインドアイ』と『剛力リジディティ』。レベルを上限まで高めた『心眼マインドアイ』により、半径三十メートル以内にいる者の「視覚」を「借りる」ことが出来た。それは相手が魔物であってもだ。様々な位置にいる者たちの多元的な視覚を統合することで、健常者とまったく同じように対象を視ることが出来るのであった。


 ちなみに、この能力を応用すると女湯が覗き放題になるのだが、高潔なアレスはそんなゲスいことはしない。数年前にネネの視覚を借りてモニカの入浴姿を覗こうとしてネネに悟られ、モニカにボコられたからでは断じてない。


 そして、『心眼マインドアイ』のもう一つの能力がアレスの心をざわつかせる。それは人間や魔物の「オーラ」を色で感知する能力。


 アレスには見えていた。アイナを縁取る真っ白な光と真っ黒な闇が。それは交互に、あるいは同時に半分ずつ、アイナに纏わりつき、その背中からは光の翼が一対、闇の翼が一対、合わせて二対生えているように見えた。ただその翼はとても小さく、翼だと認識できたのはつい先程、アイナが三人組に気付いてからである。闇の翼が大きく広がったからだった。


 アレスはその闇の翼に見覚えがあった。しかし同じものかどうかは断定できなかった。


 このことは後でみんなに相談しようと脇に置き、三人組の方に意識を集中する。中でも一人の男から、アイナに向かって赤黒いオーラが流れていた。今はこちらに対処するのが先だ。アレスは先に口を開いた。


「えーと、俺たちの仲間に何か用かな?」





* * * * * * * *





 『血風の狼団』のベルクは、目の前の宿屋から出て来た人物に目が釘付けになった。それは、自分たちが生き延びるために炎牙虎フレイム・タイガーの囮にして死んだはずの奴隷のガキだったからだ。


 自分たちと一緒にいた時に比べて随分と身綺麗になって見違えたが、あの長い銀髪と明るいブルーの瞳は間違いない。あのガキが、少し年上に見えるガキに手を引かれて宿屋から出て来たのだ。


 急に立ち止まったベルクに、一緒にいたグランとリリアも立ち止まってその視線を追った。そして二人も、そこにいる筈のない少女の姿を見た。


 脳筋のベルクとグランはアイナの姿を認めた途端、「死んだはずの奴隷が生きていた! 奴隷商に返品しよう!」と息巻いていたが、リリアは違った。ダンジョンで囮にした行為が犯罪に当たることと、戦闘力のない少女がなぜ生きているのか、そして少女と一緒にいる者たちが誰なのか、必死に考えを巡らせていた。


 そして一瞬のうちにリリアの中で答えが導き出された。アイナは一緒にいる者たちに助けられたのだと。そして恐らく、その者たちは実力者であると。


 アイナを囮にした自分たちは不味い立場にある。冒険者資格の取り消し、下手をすれば監獄行き。ここはなんとかごまかして穏便に済ませなければ――


「えーと、俺たちの仲間に何か用かな?」


 リリアが必死に言い訳を考え、この場から逃げ出す算段をしている途中で、先頭に立っていた銀髪の男から声を掛けられた。リリアが反射的に口を開く。


「いいえ、人違い――」


 リリアのせっかくの機転をベルクの言葉が台無しにする。


「その銀髪のガキは俺たちのだ。返してくれ」


 リリアは思わず頭を抱えた。





* * * * * * * *





 ガキ……? 俺たち「の」……?


 男の言葉に、モニカの怒りが秒で沸点を超える。男に向かって勢いよく飛び出そうとするモニカを、アレスがやんわりと止め、周りに聞こえるようにわざと大声で話す。


「ほほう。と言うことは君たちは十二歳の少女をダンジョンに置き去りにして自分たちだけ逃げ出した『血風の狼団』だね?」


 決して少なくない人通りに、アレスの言葉が波のように伝わっていく。


「ダンジョンに置き去り?」「まだ十二歳の女の子だって」「ひどい」「なんてやつらだ」


 周囲の人々が口々に囁き、『血風の狼団』に刺すような視線が向けられる。しかし、男は悪びれる様子もなく言い放つ。


「それはとんだ誤解だ。そのガキが勝手に魔物に向かって飛び出したんだよ。俺たちはそいつを助けようとしたが、はぐれちまったんだ」


 男は、仲間と思しき大柄な男と赤髪の女に「なあ? そうだよな?」と同意を求める。その口元には薄ら笑いが浮かんでいた。


「俺が聞いた話とは随分違うな。それが本当なら、この子は自らSランク魔物の炎牙虎フレイム・タイガーに素手で立ち向かい、その場を切り抜けたってことになるな?男二人に両側から抱えられ、炎牙虎フレイム・タイガーの真正面に投げ出されたのではなく」


 アレスの言葉に、男が「ふんっ」と鼻で笑う。


「そんなことしたら、どっちにしたってそのガキが生きてる訳ないだろ? どんな話を聞いたのか知らんが、それはそいつの作り話だ。御託はいいから、そのガキをこっちに寄こせよ」


 男の言葉に、周囲の人々もどちらの言ってることが本当なのか分からなくなる。


 ベルクのあまりの身勝手な言い分に、アイナは顔を真っ赤にして目に涙を湛えていた。小さな肩が小刻みに震え、肩に乗ったキュイックにその振動が伝わる。人間の言葉はまだ理解できないキュイックだが、アイナの爆発しそうな感情は理解していた。そして、それはアレス、ヒューイ、モニカ、ネネにも伝わっていた。


 それは純粋な「怒り」だった。


 アレスは背後からの気配に総毛立ち、瞬間的に「まずい」と感じた。アイナに目を向けると、真っ黒い闇の翼が大きく広がっているのが「視えた」。


 そのとき、アイナの小さな声が聞こえた。


「私は……『拒絶』します」


 その言葉が発せられると同時に、アレスの『心眼マインドアイ』は『血風の狼団』の三人が真っ黒な闇に覆われるのを「視た」。

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