告白

 ライブは順調に進み、最後の曲であるオリジナル曲が終わった。観客の反応を見る限り好評で、壮大な拍手が起こっている。

 一仕事終えた部員たちは一足先に退場し、舞台には詩音と綾瀬だけが残った。

 状況を呑みこめない詩音はきょろきょろと辺りを見回して、綾瀬にウィンクされたことにより、この後の展開を悟った。


「えー、最後に軽音部期待の新人であるむぎたんが弾き語りを披露します」


 そう言って綾瀬は目配せする。

 その意図を察した詩音はマイクに中央に移動させて、近くにあった椅子に座る。弾き語りモードへと移行し、緊張から硬くなっていた口を開いた。


「わ、私、むぎたんです! その、今からう、歌います!」


 こんなところで怖気づいている訳にはいかない。手伝ってくれた綾瀬のためにも、この溢れんばかりの気持ちを文美に伝える。遮二無二になった詩音は深呼吸――


「聴いてください。百合色トニック……」


 そして、曲名を呟いた。

 待ちわびている観客を前に、ギターのボディを数回叩く。弾き始めはゆっくりだ。優しく弦を弾き、リズムよく弦を叩いてドラムを表現する。

 唇をぎゅっと結び、歌詞を紡ぎ出す。

 小説のような、詩のような歌詞だろう。きっと音楽としては素人な歌詞だ。何の韻もない、面白みもない。

 しかし、それでもいいのだ。そもそもこの曲は文美へ捧げる曲であり、人を楽しませるのは二の次だ。強いていうなら美しい愛を表現している。

 詩音は観客席にいる文美を見つめた。どうやら隣にいる彼と聴き入っているようである。


 彼女に伝わっているだろうか? この気持ちを受け止めてくれるだろうか?


 闇のような不安の中、曲はBメロへと突入した。ギターはアルペジオ奏法になり、指は一音一音、リズムよく弦を弾く。文美に気持ちを伝えるために、詩音自身の琴線を弾いているような感じだ。

 やがて、満を持してサビに入った。刹那、激しくなったギターに混じって軽いキーボードが入った。そう、綾瀬のキーボードである。

 元々予定は無かったが、この曲のコード進行を知っている彼女なら出来る芸当だった。少し間違っていれば台無しになるような危険な行為だが、それを済ました顔で成し遂げる綾瀬は大胆だろう。

 音数も増えたことにより、一気にサビらしくなった。如何にも曲一番の盛り上がりっぷりで、これには詩音も顔を綻ばしてしまう。が、ここで気を緩めてしまうのはいけないだろう。詩音は完璧な演奏を、文美へ届けたいのだ。

 詩音は文美が好きだ。好きで、好きで堪らない。胸が張り裂けてしまいそうなほど彼女が好きで、その気持ちを歌詞に乗せて伝える。


「――…………」


 ドミナントからトニックへ移行し、コードは煌びやかな音を奏でて曲は終わりを迎えた。

 観客席からは拍手が起こったが、日本人は周りに流される性質を持っている。拍手が起こっているから、取り敢えず自分も手を叩いておこう。そういう考えを抱いている人もいる筈で、果たして何人が本当に感動しているのか?

 しかし、そんなことは詩音にとってはどうでもいい。今はただ文美に伝わっているのかが重要で、詩音は動悸に耐えながら文美を窺った。


「あ……」


 文美は微笑ましそうに拍手を鳴らしていた。隣の彼も同じ様子で、詩音は心底残念に思った。

 何食わぬ顔をしている彼女は明らかに詩音の気持ちに気づいていないだろう。


「詩音さん? 大丈夫?」


「へ?」


 期待を裏切られた。絶望から目の前がぼやけて見えたが、綾瀬の言葉によって、自分が泣いているんだと理解した。

 ああ、意識すればポロポロと涙が溢れ、観客は茫然としている。


(私の気持ち……伝わっていない……)


 だけど、それがどうした? 詩音の気持ちはその程度で諦めるものなのか? 伝わっていないなら伝えればいいじゃないか?


(そうだ……私はこんなところで立ち止まっていられない)


 文美との深い関係になるためにリスクを背負わないといけない。それを恐れていては何もできない。いつまで経っても理想の関係を得られない。

 邁進だ。靉靆とした闇の中に差し込む希望の光。詩音の前向きな性格は遺憾無く発揮され――


「好き……ご主人様! 大好きです!」


 遂に、感情を解き放った。ある意味、自棄に近いだろう。

 何の脈絡もない詩音の言葉に観客席は呆気に取られて、目を丸くしている。

 しかし、詩音は止まらない。感情の奔流はダムの決壊のようで、ただ文美への気持ちを口にする。


「ずっと好きだったの! 好きなの! ご主人様はその気がなくても! 私は好きなの! 契約を結んだ、いや、一目見た時から好きだったの! 一目惚れなの! ずっとキスしたかったの! 本当に大好きなの!」


 世界から時間の概念が無くなったかと思うように空気は凍りついた。愛の告白なら未だしも、詩音は自分の下心という欲望を全開にしてしまった。人によっては嫌悪感を覚えるもので、観客はドン引きである。

 同じ舞台に立っている綾瀬でさえ、顔を引きずらせていて、微妙な空気に詩音はハッと我に返った。


「あ、ああああああ……!」


 自分が語った内容をよく反芻して、身震いと汗が止まらない。現実を直視できず、思考が打ち砕かれて、文美の顔を見られない。ただフラフラとする身体を動かして、本能のままにその場から逃げた。

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