ライブ開始

 クレープを食べ終え、適当に見て巡った二人はより一層親しくなっていた。もはや主従関係とは名ばかりで、二人の関係は正に友達だろう。周りが羨ましく思う程に仲良しだったが、詩音はそれで満足していない……

 兎に角、二人は一度別れた。軽音部による文化祭ライブが近づき、詩音は控室へ。文美は会場である講堂へと向かったのだ。

 どこか緊張を孕んだ空気の簡易的な控室で、部員たちはリーダーである綾瀬の言葉に耳を傾けていた。


「いいかしら? 後三十分ほどで文化祭ライブが始まるわ。私を含め、三年生にとっては最後のライブね……思うところは各自あるだろうけど、成功させたい気持ちは共通の筈よ。私たちで会場を盛り上げましょう!」


「そうだな。去年は散々だったから、今度こそ成功させよう!」


「その意気だぜ!」


 綾瀬の激励に、奮い立った部員たちはやる気に満ち溢れている。しかし、まだギター歴一年もなく、初ライブであった詩音は不安で身体が震えた。


(頑張らないと……たとえご主人様に彼氏が居たとしても、私のギターで奪い取って見せる……!)


 前向きに考え、自分のギターをぎゅっと抱き締める。震えが止まらないのはきっと武者震いだ。


「ライブの予定だけど練習通りにやるわ。先ずコピー披露して、そこから自己紹介タイム。そしてまたコピー、その後は少し会話を入れてからオリジナル曲よ」


 舞台に立つのは二十分くらいだろう。綾瀬の言葉から、そう察した部員たちの反応は様々だ。


「で、詩音さんはどうする?」


「どうするってなんですか?」


「ラブソングよ。会場で披露するでいいかしら?」


「……はい!」


 本当は文化祭終わりに、文美だけに聴かせたかった。それが一番だ。しかし、それじゃあダメなのだ。経験を積む折角の機会を無駄にしてしまう。

 だから粉骨砕身、楽な道ではなく、辛い道を選ぶ。そうする事できっと文美に伝わるはずだ。

 願いを込め、詩音は元気よく返事をした。

 それに満足した綾瀬ははっきりと頷いて「それじゃあ移動するわよ」と言い、教室を出て行く。詩音を含んだ部員たちはそれに続き、本番前の緊張から一切の会話が無かった。

 講堂の裏口から入り、幕が降ろされた壇上でセッティングする。軽音部の前は演劇部が演劇を披露していたようで、木やお城をモチーフにした看板が置かれていたが、それらは演劇部員たちによって片づけられていく。

 その間、軽音部は予め移動していたアンプをセットしたり、スピーカーにキーボードを接続したり、着々とセットを進めていく。

 担当楽器ギターである詩音のやることはシールドを使ってスピーカーとアコギを繋げることだろう。この日のためにマグネットピックアップといわれるモノを購入しており、これでエレキのようにアンプやスピーカーを通して音を大きくできる。アコギの生音だけでは講堂全域に音を響かせるのは難しいのだ。


(よし、準備完了……ご主人様、来てるかなぁ……)


 アコギにシールドを差し、ミキサーへの接続を終えてボリューム、音域など、セットが完了した詩音は思いに耽る。

 幕が上げられた時、文美を見つけることが出来ないだろうか? 恐らく、観客席はほぼほぼ満席だ。そんなところから一人の人間をパッと見つけるのは困難だろう。

 ここは文美が見ていると信じて、詩音は詩音の演奏を頑張るしかない。演奏に集中して、それで彼女を見つけられたら僥倖といったところだ。


「そろそろ時間ね。みんな、準備はおーけー?」


「はい」


「こっちもオーケーだぜ」


「それじゃ、手筈通りに行くわよ」


 その言葉を合図に、全員が楽器を構えた。

 やがて幕が開かれて、それと同時にドラムスティックのカンカンという音が三回響き、フィルインと同時にディストーションギターが雷のように鳴り響く。

 待望の歓声が巻き起こった。

 アップテンポな曲調で、最近の子なら知っている有名な曲だ。心地よいビート、耳に心地よい韻を踏んだ歌詞。会場は一瞬で熱狂に包まれた。

 詩音はついていくのに必死で、とても文美の姿を探せない。リズムギターはその名の通りリズムが大事なので、少しでも狂わせられないのだ。

 そして、音楽はクライマックスに向かい、一旦スローダウンする。ドラムが控えめになり、キーボードのメロディが顕著となった。そこからギターが加わり、次いで曲が一気に盛り上がった。クライマックスのタイミングでボーカルが入る。

 やがて曲は最後のサビの繰り返しに入った。が、転調しているため気は抜けない。詩音は慌ただしく指を動かし、ドラムのフィルインが入ってアウトロに突入した。全員が同時に音を鳴らし、キーボードが静かに奏でる。


「――聞いてくれてありがとう! 私たちは三十木高校軽音部でーす!」


 曲が終わった。しかし、ドラムはまだ続いており、そのままの勢いで自己紹介へと突入した。予定通り、今のところは順調だ。

 少しの時間ができ、詩音は溢れる観客の中から文美の姿を探し、それは意外にも早く見つかった。

 講堂の端っこの方にいたのだが……その隣に見知らぬ青年が立っている。いや、よく見ればその男性は、以前に文美と一緒に居た男だった。それも親しげに話し込んでいて、詩音は疎外感を覚えた。

 私のライブなのに、どうして男と一緒に居るのか? どうして此方を見ていないのか?

 不服を積もらせて、人前だというのに頬を膨らましてしまう。


「――ちょっと詩音さん? 自己紹介をお願いできるかしら?」


「あっ! えっと、にゃんにゃん星から来たムギたんむぎ!」


「……えっ?」


 困惑に満ちた綾瀬の声で、正気に戻った詩音は青ざめた。

 思考が回っていない状態で自己紹介を求められ、ついバイト先の自己紹介をしてしまったのだ。

 果たして吉とでるか凶とでるか。会場は静寂とし、やがて騒然とした笑い声に包まれた。これに便乗するしかないと思った綾瀬は「我らが期待の新人のむぎたんでした。とんだダークホースです」と締め括った。

 結果的に、詩音の自己紹介は場を解す、ネタとして扱われた。良い空気になって、そういう意味では良かったが、間違った詩音は内心ひやひやとしていた。

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