巡る

 暫く、メイド喫茶に居座っていた詩音は退店しようかと立ち上がった時、文美に声を掛けられた。メイド服を着ておらず、解れがない綺麗な制服姿に戻っていた。


「ご主人様? どうかしましたか?」


「店番が終わったのよ。一緒に巡りましょう?」


「え?」


「え? って……そのために待っていてくれたんでしょう?」


 ただ文美と会話していた生徒を恨んでいただけなのだが、都合が良いと思った詩音は何度も頷いた。


「怪しいわね」


「な、なんでもないです! 一緒に巡ります!」


「……ま、いいわ」


 怪訝な表情を浮かべる文美に手を引かれ、詩音は文化祭という空気に呑まれた校舎を見て巡る。

 すれ違う生徒たちは楽しそうで、有名なアニメのコスプレをしている人、お化け屋敷の宣伝で全身に包帯を巻いているミイラ男、女装をしている人、文化祭だからなんでもアリだった。風紀の欠片もないだろう。

 外に出れば屋台が並び、たこ焼きからクレープまで様々なものが売られている。全て生徒たちの出し物だ。

 丁度、小腹が空いていた二人はクレープを購入し、近くのベンチに座っていた。


「そういえばライブは何時だったかしら?」


「十三時だから、あと一時間と少しです」


「そうなの……あ、そのクレープ一口貰えるかしら?」


「どうぞ」


 詩音が頼んだクレープはチョコバナナクレープで、文美とはまた違う物だ。

 奴隷故に、拒否権がない。間接キスというものは慣れず、言葉では平然としていたが、相変わらず顔は真っ赤だ。


「んっ……美味しいわね。私の、食べてみる?」


「いいんですか?」


 まだ返事をしていないのに、文美は自分のクレープを口へと近づけてくる。すっかりその気になっている。

 詩音としても分けてもらうのは吝かではない……いや、寧ろ文美と間接キスできるのは好ましい。変態的な思考かもしれないが、ある意味正常だろう。誰だって好きな人と間接とはいえキスしたいものだ。


「ほら、食べてみなさい。あーん……」


「あ、あーん……」


 意を決した詩音は文美のイチゴクレープを一口貰った。控えめの一口だったが、それでも文美の同じ部分を食べたと思うだけで頬が緩み、そんな下心剥き出しな自分が少しだけ嫌になる。


「どう?」


「お、美味しいです……」


 荒ぶる感情の所為で繊細な舌は鈍感だ。正直、味なんて甘いという事しか分からず、自己嫌悪から俯いてしまう。

 そんな時、不意に頬が冷たくなった。筆でなぞられたかのようなゾクゾクとする感覚に詩音は身構え、そこには舌をぺろりと出した文美が居た。


「ふふ、クリームが付いていたわよ」


「な、ななななななな!?」


 俯いていたので、その瞬間は目撃できなかったが、つまり、そういうことなのだろう。思考がオーバーフローして、身体が燃えるように熱くなる。

 詩音の予想は当たっており、文美は詩音の頬に付いていた生クリームを舐めとったのだが、その行動は大胆だろう。恋人同士でもするか分からないような、過激な行為だ。


「顔が真っ赤じゃない。もしかして嫌だったかしら?」


「い、いえ、ありがとうございます」


 過程がどうであれ、頬を付いたクリームを取ってくれたことには変わりない。

 肩を丸めて礼を言った詩音はそのまま黙々と自分のクレープを食べ始めた。今は気持ちを整理するので精一杯で面映ゆい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る