文化祭

 遂に文化祭が訪れた。校舎からは大きな暖簾が垂らされて、その下には様々な屋台。中も外も賑わっており、その中を詩音は一人で歩いていた。


(これが文化祭かぁ……)


 中学の時とは規模が違い、辺りを見回して驚愕とする。

 今、詩音は自由行動となっており、取り敢えずどこに行こうかと当てもなく彷徨う。友人は店番をさせられていて、だから孤独だった。


「あっ……此処って……」


 気がつけば三階の三年一組の教室が目の前にあった。メイドの絵が描かれた看板が置かれており、ちらっと中を覗いてみるとメイド服を着た女性と執事の男性が接客をしていた。そういうコンセプトのカフェなのだろう。

 自身も猫耳メイド喫茶という場所で働いていることから関心していると、背後から肩を叩かれた。


「誰ですか――ご、ご主人様!」


「くすっ……ご主人様って、今は私がメイドさんよ?」


 微笑を浮かべた文美の姿は一風変わっている。落ち着いた雰囲気のメイド服だ。胸元には大きなリボンが付けられ、腰に清潔な白いエプロンが巻かれている。また、全体的にフリルが多くて、スカートも足首辺りまである。

 物凄く落ち着いている、どことなくアンティークを感じさせる美しいメイドさんだろう。普段、自身が着込むメイド姿では勝てないと悟った詩音は悔みながらも、気がつけば激写していた。


「写真撮影はNGよ?」


「あっ……」


 スマホを取り返そうと詩音は背伸びをするが、生憎文美の方が一枚上手だ。身体を翻して、手を掲げて、さっさと操作を完了してしまった。


「はい、返すわ」


「あぁ……あれ?」


 画像データは無事で、一輪の花のように可憐な文美がきちんと表示される。まさか失敗したのか? と、訝しく思った詩音は文美を見上げた。

 すると、彼女はウィンクした。データを消去するフリをしたのは周りへの戒めで、詩音に撮影されることは許容していた。


「いらっしゃいませ、ご主人様……」


 詩音の手を引いて、文美は店内へと誘う。その妖艶さに、周りの生徒たちは見惚れてしまっている。嫉妬の視線が詩音にいくのは必然だった。が、それ以上に文美と繋いでいると思えば心地良くて、他人なんて気にしない。まるでこの世に二人だけのように感じてしまう。


「こちら、メニュー表よ」


「あ、ありがとうございます……」


 席に案内されてメニュー表を受け取った詩音だが、その視線は文美へと釘付けになっている。いつもと違った美しさを醸し出す文美はいつまでも見られて、角膜に焼きつけるほど見つめる。

 その視線に気づいた文美は不思議そうに顎に手を添え、次の瞬間にはニコッと笑みを浮かべた。営業スマイルというやつだろう。

 見事、それに撃沈された詩音は鼻血が吹き出しそうになったが、何とか堪えた。


「お、おおおお、おすすめで……お、お願いします」


 メニューをじっくり見る余裕はなく、兎に角、一人になって落ち着きたかった。その一心で詩音はしどろもどろになりながらも適当に注文をする。

 メイドである文美は承り、厨房と化している隣の部屋へ消えていく。

 その間に詩音は鼻を抑え、深呼吸をする。ゆっくりと、着実に精神を落ち着かせて、平静へと戻る。


(最近、ご主人様への耐性がなくなってきているような……)


 前までの詩音だと、ここまで酷くはなかっただろう。精々、眩暈がするだけで終わった筈だ。

 果たしてメイド姿の文美が原因なのか、それとも本当に耐性が弱まったのか。どちらにせよ、恋を自覚してから漸次、文美に惹かれているのは確かだ。


「お待たせしました。ミルクティーでございます」


「あ、ありがとうございます」


 熟考している詩音の目の前いミルクティーが出された。文美のおすすめであり、文美自身が淹れた甘い甘いミルクティーだ。

 一口含み、その美味さにびっくりした詩音は胸張っている文美を見た。


「その様子だと美味しいみたいね。良かったわ……」


 彼女は安心したようで胸を撫で下ろしている。そして「ごゆっくりどうぞ」と言い残して、他の接客へ行ってしまった。

 今の文美は店員なのだ。客の相手をするのは道理で、元々の人気故に引っ張り凧なのは当然だろう。

 嫉妬が運命。そう定められているかのような、深い嫉妬の炎に燃えながら、詩音は出されたミルクティーを喫する。

 自分以外の人に愛嬌を振り撒く文美に苛立ち、一刻も早く自分のモノにしたいと、焦燥感に駆られていた。

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