ストーカー
文化祭前日。最後の予行練習として、放課後の部室に缶詰め状態だった。
部員たちは明日に全てを注ぐつもりだ。部員の半数は三年、つまり最後の文化祭なのでより気合が入っている。悔いのないライブにしたいのだ。
何度も通しをして、束の間の休息。詩音は楽譜を確認しながら、水分補給をしていた。
そこで、燃えている三年生の一人である綾瀬が近づいてくる。
「ねぇ詩音さん。文美はどうしたのかしら? 最近、見ないのだけれど……」
「えっと、今日は用事があると言っていました」
その用事を詩音は知らなかったが、会えないのは都合が良いので特に何も言わなかった。
「そうなの。この前言っていた作戦かしら?」
「はい。私はそのつもりです」
答えた詩音。
そんな時、不意にギターのディストーションが鳴り響き、そちらに視線が集まった。
「あいつが用事なんて珍しいな。明日は雪でも降るんじゃねぇの?」
「ほんと、詩音が居る日は毎日のように来ていたのにな」
偶然にも話を聞いていた部員たちはそれぞれ感想を述べた。
確かにその通りだろう。詩音が会わないようにしていたとはいえ、バンドの練習の日には必ず顔を出していた。それなのに、今日は用事があると断っていた。何気に文美から断るのは初めてなのだ。
指摘された詩音は悄然と、肩と溜息を落とした。
もしも、だ。誰か男性と会っているのではないか? と、焦燥感を抱いてしまう。付き合ってもいないのに、的外れなのは分かっている。しかし、好きな人が異性と絡んでいて無頓着な人はいないだろう。
そんな訳ないです!
ただ一言、否定することが出来ないほど、文美を疑っていた詩音は気を紛らわすようにギターをかき鳴らした。
バンドの練習は無事に終わった。後は明日に備えて眠るくらいだろう。綾瀬が想定していたラインを超えており、これなら完璧な演奏ができると、詩音を除く部員たちは意気込んでいた。
どうして詩音だけ意気込んでいないのか?
バンドが嫌いになったとか、ライブがつまらない訳ではない。初めてのライブはドキドキするものだし、部員の皆も優しい。勿論、緊張や不安もあったが、それ以上に良い刺激になって実力が身につくのを感じていた。
原因は心配だ。未だに文美のことを懸念していて、このままでは夜も眠れない。自分でもそう思うほどに引き摺っていて、危機感を抱いた詩音は思い立った。
(そうだ! 確かめにいけばいいんだ!)
幸いなのか、今は下校中。練習に時間を割いてしまったため、もう八時という夕飯時だが、淀んだ気持ちをどうにかしないといけない。
詩音は身体を翻し、駆け足で文美の家へと向かった。
その道中、前方に見慣れた背中。伝統校らしく奇を衒わないシンプルな制服は間違いなく三十木高校のもので、この時間に見かけるのは珍しい。
「ってあれ……ご主人様?」
距離を縮めたことで、漸く気がついた。
その人物は文美だった。街灯に照らされて、一房の髪を弄っている。
(何をしているんだろう……)
咄嗟に電柱へと隠れ、こっそりと様子を窺う詩音は不審者だ。真横を通り過ぎるサラリーマンに白い目を向けられている。
それに気づかないほど集中していた。見た感じ、髪を弄っていて、時折スマホを確認している。その場から動かないことからまるで誰かを待っているようだろう。
訝しく思った詩音は暫く留まった。
そして、数分が経った頃、誰かが文美に接触した。恐らく高校生で、如何にもクールといった趣な服装をしている。
(誰なんだろう?)
遠目から見ても分かる好青年だが、随分と文美と親しそうだ。それ故、詩音の中の第一印象は最悪で、それはもう目の前から消えて欲しいと思うほど……
部員が言っていた最悪な事態が当たったのだ。どういう関係かは分からないが、文美の用事というのは男と会うためだったのだろう。
(嘘だ。嘘に決まっている……ご主人様は……)
背後から見える二人は仲睦まじそうで、肩を組んで歩いている。恋人同士と言われても疑いの余地がないほどに親しそうだ。
詩音は嫉妬から唇を噛み締める。必死に自制を意識しつつ、二人の後をつけた。会話の内容が気になって耳を澄ますが、断片的に聞こえ、とても聞き取れない。かといって距離を縮めると見つかる可能性がある。
(あっ……)
やがて二人は文美の家へと入っていった。
少し離れた歩道から確認した詩音は残念に思った。まだ分かった訳じゃないのにぽろぽろと涙が溢れだし、胸の奥が痛い。胃の中に蛞蝓が這っているかのように吐き気がして、それが現実だと知らしめる。
(ご主人様の馬鹿! 朴念仁!)
耐え切れなくなって心の中で罵倒し、その場から逃げるように去った。
不安を取り除くために此処まで来たが、結果として不安を煽ってしまった。明日の文化祭は果たして大丈夫だろうか……
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