引いてみる
体育祭は終わったが、活気は衰えることを知らない。何故なら、三十木高校文化祭まで後一週間になのだ。それぞれのクラスの出し物はいよいよ大詰めを迎えた。
「いやーそれにしてもうちの出し物は楽だねぇ。ただ物を展示するだけなんて」
「楽ですか? 私は忙しいんですけど……」
詩音のクラスの出し物は展示会だ。それぞれ生徒たちが自分の宝物を持ち寄って、それを展示するだけという手抜きっぷり。文化祭と言えば喫茶店やお化け屋敷といったものが定番だろうに……一種の怠慢だろう。
しかし、優等生である詩音はきちんと宝物を作っていた。時間の合間を縫って、とある物を作り、それを展示すると同時に文美に見せるつもりだった。
「ふぁー……眠いです」
ここ最近、詩音は忙しくて碌に眠れていない。文化祭ライブ、クラスでの出し物、文美へのラブソング、バイト、それと日頃から文美に振り向いてもらうためのアピール。忙しくて、ギターの練習が疎かになっている。
「眠そうだね。今日は行かないの?」
「何処に?」
「どこって文美先輩のところだよ。お昼休みはいつも行っていたでしょ?」
「ああ、今日はいいんです……」
先ほど言った通り、詩音は文美を振り向かせるために色々とアピールしている。が、それについては悉く失敗していた。
いつだったか、雨の中、相合傘をして帰ったのだが、特に効果なし。その際、態と濡れて下着を透かしても表情に変化なし。ぶっきらぼうに風邪の心配をされてしまった。
(ご主人様は私に興味がないんでしょうか?)
そう思ってしまうほどに文美は詩音に対して軽かった。やはり、友達同士だと思っているのだろう。
詩音は文美が大好きで、恋愛感情を抱いているのに友達だなんて勘違いも甚だしい。
「へぇー珍しいね。何かあったの?」
「いえ、ただ当分は距離を置こうかなって……」
距離を置いているのは必然だった。忙しくて、時間的に会える時間が少ない。以前と比べるとその時間は半分以下だろう。
正直、好意を寄せている人物と離れ離れになるのは辛い。だけど、それは飽くまで文化祭までのこと。文化祭さえ終われば、また以前のようにいっぱい会える。
で、だ。どうして昼休みなのに合わないのか? これも詩音なりのアピールなのだ。会える時間が減っている今、更に会う時間を減らすことで文美に自分という存在の重さをアピールするためだった。が、それは建前で実際は出来心が大半の要因だったりする。
「元気にしてるかなぁ……」
「今日は行かないってちゃんと言ったの?」
「はい。メールで、クラスの友達と食べるので今日はやめておきます。と送りましたよ?」
「返事は?」
「ないですね。元々、あまり返事をしない人なので……」
怪訝そうにしている友人を横目に、詩音は徐に弁当を取り出した。友人と食事を共にするのは久しぶりで、楽しみだが、それ以上に文美がいないため寂しく思ってしまう。
しかし、ここは我慢だ。彼女と理想の関係になるためには、時には引くことも大事なのだ。
そう言い聞かせて昼食を開始した詩音と友人。久しぶり故か、どことなくぎこちなく、お互いに距離感が掴めない。こういう時、いつも何を話していただろう。
ガララッ!
ほのぼのとしたお昼休み。学生たちの休息を、邪魔するのは勢いよく開けられたドア。そして、入ってきた人物にクラスは騒然とした。
「こんにちは」
その人物は文美だった。
この前の体育祭もあって、一年生の間で有名人になっていた彼女は生徒たちに様々な感情を向けられていた。詩音のような憧れだったり、淡い恋に満ちた視線だったり、また敗北を喫した紅組の恨みだったり……
その中でも、特に詩音は文美に対して強い感情を憶えていた。会いに来てくれたという幸福感、どうして訪れたのか猜疑心に、後ろめたい忌避感。主にその三つが混ざり合った詩音はおどおどとしてしまい、遂には他人のフリをしていた。
しかし、文美は生徒たちの視線に目もくれず、ずかずかと教室に上がり込んだ。その進行方向に詩音と友人がいた。
「詩音……」
「な、なんですか?」
一体、何を言われるのか? もしも、帰ってこい的なことを言われたなら、それはそれで嬉しいと思った詩音は息を呑んだ。
「私の弁当は?」
「……へ? あ、ここに」
「ありがとう」
予想していなかった訳ではない。だから念のために、文美の分のお弁当も持ってきていたが、まさか本当に取りに来るとは……
期待が外れた詩音はがっかりとして俯いてしまった。この様子じゃ計画も失敗だろう。
弁当を受け取った文美はさっさと教室を後にして、漸く平穏が戻った。詩音と文美の仲が良いのはこのクラスでは周知の事実なのだ。
「はぁ……どうしたら振り向いてくれるんだろう……ってどうしたの?」
「あ、あはは……文美先輩って物凄く怖いね」
「え? そうかな? ってどうしました? 気分でも悪いんですか?」
友人は怯えていて、まるで化け物と出会ったかのように青ざめている。身体が震え、冷や汗を垂らしており、尋常ではない様子に詩音は病気かと疑った。
「あ、あはは……ねぇ、これからは文美先輩と食べたら?」
「へ? いや、でも――「大丈夫! 私のことは気にしなくてもいいから!」わ、分かりました」
よく分からないが、友人の必死さに辟易とした詩音は了承してしまった。
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