曲作り

 体育祭は白組の勝利で終わった。文美と詩音は十分に貢献していただろう。だからといって何かを貰えるわけではないのだが……兎に角、良い思い出にはなっただろう。

 まだ忙しい日は続いており、体育祭が懐かしく思えた詩音はバイト先近くのスタジオへ練習しに来ていた。

 どうして部室でも河原でもなく、お金が掛かるスタジオなのか? 機材が揃っているという理由もあるが、一番の要因は綾瀬との秘密の特訓だからだ。


「それで歌詞は考えてきたの?」


「それがまだ……」


 綾瀬のサポートを受けながら曲を作っていた。そう、この前に言っていた文美へのラブソングを作る予定なのだ。

 だから文美には勿論秘密であり、情報漏洩を防ぐために部員にも内緒になっている。


「できれば早く決めた方がいいのだけれど……告白も兼ねているのでしょう? ならしっかりと考えた方がいいわ」


「こ、告白だなんて……」


「ラブソングってそういうものでしょう?」


 そういうつもりではなかったのだが、良いアイデアではあるだろう。屋上に呼び出してありきたりな告白をするよりも個性的で、インパクトがある。文美がどう思うかは分からないが、少なくとも好印象は確実だろう。


「そ、そうですかね」


「そうよそうよ……それに、ライブの一環として生徒たちの前で披露するんだから素敵な曲を作りましょう?」


「え? 初耳なんですが、それは……」


 いつの間にかライブで披露することになっていて、詩音は困惑を通り越して青ざめた。自分が生徒たちの前で黒歴史を作る姿を想像してしまったのだ。


「舞台上で告白した方が素敵じゃない?」


「そうでしょうか?」


 ドラマのようで素敵だろう。しかし、文美だけに聴かせたかった詩音は難色を示す。


「まあ取り敢えず作りましょう? 曲の出来栄えで決めるが良しね」


「は、はい……」


 結局、ライブをするのか否か、有耶無耶になってしまった。

 曲作りが開始され、詩音はギターを構えた。綾瀬はキーボードを構えている。作る曲のキーはBだ。それからダイアトニックコードを予測して、後は精密に組み立てていく。その工程を以前の特訓で済ましていた二人は、決めたコード進行を弾いて再度響きを確かめてみる。


「なんだかカノン進行に似ているわね」


「カノン進行?」


「クラシック曲で用いられるコード進行のことよ。割と有名なのだけど……その様子じゃ知らずにこうなったの?」


「はい。適当にコードを弾いて、響きが良くなるように組み立てました」


 最近の曲でも使われているカノン進行を、自力で再現するとはある意味才能だろう。教え甲斐があると綾瀬は両眉を上げた。


「コードはこれで決定ね。後は演奏技法だけど、それは貴方に任せるわ。あっ、歌詞もよ」


 ギターの弾き語りでも演奏に使う技術は様々で、難易度も高い。例えば、スラム奏法というものがある。これはギターをパーカッションのように叩きながらコードを弾くという技術だ。その迫力は単純にコード弾きするよりも迫力があった。

 そして、詩音が出来る技法だが特になかった。知識としては色々と知っていたが、実際にはピックを上下に動かしてのコード弾きくらいしかできないのだ。精々出来るのは楽曲の繋ぎ目で簡単な変化をつけることが限界だった。


「歌詞はどうしよう……」


 作っているのは文美に捧げるラブソングだ。告白も兼ねており、最悪、文美が詩音を恋愛対象として見てくれるきっかけになれば良かった。

 しかし、だからこそ難しい。詩音の気持ちを直球の言葉ではなく、曲の歌詞という表現にするのはそもそも伝わるのか? いっその事、曲自体は普通のラブソングにして、告白は文化祭ライブの後でするのが良いかもしれない。

 詩音はその妙案を伝えると、綾瀬は残念そうに目を丸くした。


「えぇ……曲が終わった後に『文美、好きだー! 結婚してくれー!』って叫んだらいいじゃない?」


「それ、本気で言っています? 私、そんな熱血キャラじゃないですし、結婚って……まだ恋人にもなっていないのに……」


「……冗談よ」


 後輩からの冷たい視線に耐え切れず綾瀬はそっぽを向いた。話題を逸らすために話し出す。


「ま、まあライブで披露するかは兎も角、プレゼントっていうのはどうかしら? 意識してもらえるような物をあげるのよ」


「案として良いですね。例えば何がいいでしょうか?」


 聞き返され、特に何も考えてなかった綾瀬は唸る。


「うーん……大好きと描かれたお弁当を渡すとか?」


「それはもう実行して、見事に失敗しました。ご主人様は変なところで鈍感なんです」


 お弁当作戦は体育祭の昼休みに実行済みで、それも失敗に終わっている。早朝に起きて、想いを募らせて作ったにも関わらず、文美は気づかなかったのだ。

 思い出しただけで腹が立ち、行き場のない怒りを詩音はギターへぶつけた。ピックによって弾かれた弦はサウンドホールで共鳴し、乱暴で大きな音が響き渡る。


「そっかぁ……それじゃあ詩音さんの――をあげればいいのよ」


「あの……本気で言ってます?」


「だから冗談よ……」


 綾瀬は手をポンと叩いて、如何にも思いついたみたいな雰囲気だったがただ下ネタを言っただけだった。

 現役女子高生がはしたないアダルトなワードを口にするのは一部の男性にはウケるだろうが、生憎詩音は純情な少女で、割と本気で引いていた。

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