お弁当

 キリが良い正午という時間帯になり、全体でお昼休憩が入る。当然、お腹を空かした生徒たちは弁当を食べ始める中、詩音はソワソワとしていた。


「どうしたの? お昼休みだけど――ああ……そっか。文美先輩の所に行くんだ」


「ごめんなさい」


「いいのいいの。私たち、友達でしょ? 友人の恋を応援するのも大事な役目ってね」


「も、もう……」


 普段なら恋を否定するにも関わらず、珍しく素直だろう。風呂敷に包まれたお弁当を吊り下げ、その場を後にした。

 駆け足気味で三年生のシートを目指したが、そこに文美の姿はない。まさか、他の誰かと昼食を共にしているのだろうか? 懸念から眉を寄せて、険しい表情をする詩音の肩を、偶然通りすがった綾瀬が叩いた。


「詩音さん? 良ければ貴方も一緒にどう? 軽音部のみんなと食べるのよ」


「え、えっと……ご主人様を見ませんでしたか?」


「文美? いえ、知らないわね……多分、人目を避けて、一人でひっそりと食べているんじゃない?」


「何処に居るか分かりますか?」


「私より、詩音さんの方が分かるでしょ? それじゃあね。頑張って」


 本当ならお昼を共にしたいところだが、可愛い後輩の恋路を邪魔する訳にはいかない。と、綾瀬は温かい目をしながらフェードアウトしていった。

 残された詩音は綾瀬の言葉をよく反芻して、文美が訪れそうな場所を一つだけ思い出した。

 それはいつも二人で昼食を摂る、あの空き教室だ。今日は体育祭だったため、すっかりと忘れてしまっていた。


「ご主人様!」


「やっと来たの? 待ちくたびれたわ。許してあげるから、さっさと弁当を寄越しなさい」


「は、はい!」


 弁当を貢ぐ姿は詐欺に引っ掛かる哀れな人間だろう。

 疲れているのか、少し不機嫌気味な文美とは裏腹に、詩音は胸の辺りで両手をぎゅっと握り締めた。今日のお弁当は体育祭ともあって、いつもよりも張り切って作った特別だ。


「あら? 今日は豪華ね」


「はい! 朝早くに起きて、“ご主人様のため”に作ったんです! ぜひ食べてみてください!」


 白ご飯には桜でんぶが降りかけられていて、それはハートの形を描いている。それ以外も、きちんと健康に気を遣い、彩りもばっちりで食欲をそそる内容だろう。

 詩音はこの弁当で勝負に出ていた。何度、好きだと伝えても、文美は好きの意味を勘違いして、仲が一向に深まらない。だから、こうして弁当で表現することによって恋愛感情を抱いてほしかったのだ。

 しかし……


「うん、美味しいわよ。いつもより三割増しね」


「そ、そうですか……それ以外に何か思いませんか?」


 褒めてくれるのは嬉しいが、求めている答えではない。詩音は藁にも縋る想いでもう一度訪ねたが、綽綽としている文美は「今日の卵焼きは塩味なのね」と、目の付け所が的外れだろう。

 目頭が熱くなった。薄々気づいていたが、いくら何でも鈍感過ぎないだろうか? まるでラノベの主人公並みで、嫌気が差した。

 これはもう、詩音が直球に告白するしかないだろう。


「ご主人様……」


「んぐっ……何かしら?」


 しかし、いざ愛を伝えようとしたら躊躇ってしまう。もしも拒絶されたら? そんな臆病な考えが過り、言葉が出ない。手が震え、目を合わせられず、行き場のない気持ちが胸をチクチクと痛める。

 告白なんてそういうものだ。そもそも自分の気持ちを相手に伝えること自体が難しく、簡単だったら世界は愛で満たされるに違いない。

 結局、黙り込んでしまった詩音は情けなさから唇を嚙み締めた。

 そんな気持ちを知らずに、文美はきょとんと小首を傾げている。


「なんでもないです」


「……私はね、ずっと一人だったの」


 静かに弁当を置いて、文美は儚げな表情で言葉を紡ぐ。


「コンテストで優勝して、私はギターから解放されたわ。だけど、待っていたのはまた地獄よ。軽音部を排斥した所為で本当の意味での友人がいなくなったわ」


「それは……」


 気の毒と思った詩音は項垂れる。縒りを掛けた料理も、あまり味わえない。


「だから貴方が奴隷になってくれた時、嬉しかったの。対価としてギターを求められたけれど……友達になってくれて、心が救われたわ」


 そう言った文美ははにかんで俯いた。そして、顔を上げ――そこには太陽のように、屈託のない笑顔が浮かんでいた。


「貴方は孤独から私を連れ出してくれたのよ。これからも友達でいましょうね?」


 文美からすれば善意の発言だが、詩音にとって悪としか捉えられない。だってそうだろう? 詩音は友達以上の関係を望んでいるのに、文美は友達だと、まるで未来永劫変わらないような言い方している。


「そうですね……」


 嘘だ。違うのだ。

 こんな関係、詩音は望んでいない。首肯したのはただの強がりで、本当は張り裂けそうなほどに胸が痛かった。

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