障害物競走

 暫くして、障害物競走の種目が近づいてきた。水筒に入った冷たい水を飲み、準備万端の詩音は入場門へと向かう。


(ああ、それにしてもご主人様のファンって怖いなぁ……)


 友人に助けてもらったが、彼らの勢いに呑まれていたら不味かっただろう。あれはアイドルを追っかけるオタクのようなものだ。その中でも過激派に違いない。


(さて、気を引き締めないと……!)


 白色の鉢巻きをぎゅっと結び、前を見据える。

 アナウンスが入り、白組に勝利を齎すため、いや文美に格好良いところを見せるために位置へ着いた。


「よーい……ドン!」


 パァン! という火薬銃が鳴り響き、詩音は走るがスタートダッシュは失敗だ。最下位だが、単純に考えれば当たり前だろう。今、障害物競走に出ている人たちの中では詩音は一番運動神経が悪いのだ。

 なら、どうして障害物競走に選ばれたのか? その理由は余っていたというのもあるが、彼女は小柄なのだ。即ち、障害を避けやすいことを意味しており、実際ネットを潜るのは早い。軽々と跳び箱を飛び越えて、運が良いのか、それとも気概からか、小麦粉の中から一発で飴を探し当てた。

 そうしていると二位まで上り詰めた。

 待ち受けている最後の障害は机に置かれた紙を取り、そこに書かれているものと一緒にゴールするという所謂借り物競走だ。場合によっては大幅にロスしてしまい、最後に相応しい難易度だろう。

 選ぶ余裕もなく、適当な紙を取った詩音の行動は早かった。


「ご主人様! 私と来て下さい!」


「わわっ! ちょっと!」


 シートに座って応援していた文美の手を掴み、そのままゴールを目指す。迷うことなく、真っ直ぐとした足取りだ。


「白組、最果詩音さん一着! 紅組――」


「やっ、やったよ……」


 一位を取り、気の抜けた詩音はその場にへなへなと倒れ込んだ。


「おつかれさま。それで、どうして私だったのかしら? その紙、見してもらうわよ」


「あっ!」


「ふふふ、そうだったのね」


 疲れていた詩音から紙を奪い取り、内容を確認した文美は思わず顔を綻ばした。


「まさかお題が大切な人だなんて……体育委員会も粋なことをするわね」


「は、恥ずかしいです」


 羞恥で顔から火が出そうで、詩音は頭を覆って蹲る。

 そう、紙に書かれていたお題は大切な人だった。言葉を理解した刹那、脳裏には大好きな文美の笑顔が浮かび、その衝動に従ったまでだ。


「おめでとう。まさか貴方が一位になるなんて」


「まぐれですよ。これが普通のリレーなら最下位です」


「それでもよ。貴方は十分に頑張ったわ」


 文美は労うように詩音の頭を撫でた。

 優しい手つきで、飴のように甘い。だけど何かが足りない。結局、文美は詩音を友達と思っているだけなのだ。


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