二人三脚
慌ただしい練習の日々を送り、いつの間にか体育祭。幸先が良さそうなほどの快晴で、茹るようにじめじめと蒸し暑い。しっかりと水分補給をしないと熱中症になりそうだ。
白組と紅組に分かれて勝負。競技ごとに得点が決められていて、より多い得点のチームが勝ちという単純な勝負方法だ。
詩音は白組に属しており、日陰に敷かれたブルーシートの上で暑さに耐える。出場する協議は二人三脚と障害物競走で、それまでに時間があるのだ。
「あ、ご主人様だ……」
現在の種目はクラス対抗リレーだ。
丁度、走っていた白組の文美は風のように早かった。艶のある髪が棚引き、華奢な身体のどこにそんな力があるのだろう。四位から一気に一位まで追い越し、まだ余裕があるのか、詩音にウィンクまでし始めた。
圧倒的だろう。女性の身体は特性上、男性に劣っている筈なのに、澄ました表情で順位を巻き返した。
そのエースぶりに、敵味方問わず男性たちは歓声を上げた。ウィンクをされたと勘違いした男性は嬉しさから涙を流し、如何に文美が人気者かを窺える。
(うぅ……自信がなくなるなぁ……)
ライバルの多さに、詩音は難色を示してしまう。
殆どの男子生徒は文美の虜になっていて、一部の女子生徒も然りだ。前途多難で、自信を失くしてしまうのも仕方ないだろう。
「ただいま! いやぁきつかったよ。実は足を捻じっちゃって……聞いてる?」
「へ? う、うん! 一位だったね」
「いや、三位だったけど?」
「…………」
文美しか見ていなかった詩音は友人の姿を見ておらず、黙り込んで目を逸らした。
「さては応援してくれなかったな!」
「……ごめんなさい」
「えぇ、マジか……どうせ文美先輩でも見ていたんでしょ?」
図星を指され、詩音は更にそっぽを向きながら髪を弄り始めた。
「分かりやすなぁ。あ、私と出る予定だった二人三脚だけど、私、出られないから」
「え? どうしてですか?」
「だから捻挫だって……まあ安心してよ。代わりはちゃんと用意したから」
友人はにやついていた。いつもの揶揄う時の意地悪な表情だ。
誰なのか教えてくれないのだろうと経験則から察した詩音は(クラスの誰なんだろう……)と、考え込んでしまう。正直、クラスに友人と呼べる人は数人しかいないので、その内の誰かだろうが腑に落ちない。
やがて二人三脚の時間が近づいてきて、詩音は移動を開始した。友人からは入場門に行けばパートナーが分かると言っていたが、それらしき姿は見当たらない。
「やっと来たわね」
「ご、ご主人様?」
諦めずにきょろきょろと見回していると肩を叩かれた。身体を翻してみると、そこにいたのは文美だった。
「ご主人様、私と二人三脚をするパートナーを知りませんか? 友人に此処に居るって言われたのに、いなくて……」
「あら? 聞かされていないの? 私がパートナーよ」
「え、えええええええええええ!?」
学年が違うのであり得ないと決めつけていた詩音は吃驚した。
実は捻挫した友人が、私の代わりに文美を起用しろと先生方に直談判したのだ。その結果、文美が出た方が盛り上がる、同じ白組だけあって許可された。
「私と組むのは嫌なのかしら?」
「い、いえ、そんなことは……嬉しいです」
文美と二人三脚すること自体は構わない。いや、寧ろ、知らない人と組まされるよりは断然マシだろう。
しかし、しかし、だ。
(ぜ、絶対意識しちゃうよ……)
文美への感情が愛だと気づいた時から、詩音は文美の顔を直視できない病に掛かっていた。手を繋いだだけで照れてしまい、これは恋の病だろう。普段のようにしていられる自信がない。
そんな恋する乙女の心境を知らない文美はさっさと自分の足と詩音の足を紐で結んだ。少し身長差があったが、いざ肩を組んでみると意外にもいけそうだった。
「よし、それじゃあ出場するわよ」
張り切っている文美はスタート地点へと着いた。
一方で、詩音は思考が文美でいっぱいになり、正常でない。彼女が近くに居る。自分と歩幅を合わせている。汗が混ざり合って、それを見ただけ嬉しく思った。直ぐに紅潮してしまい、熱中症かと疑わられる。
「大丈夫です。大丈夫……」
「そうかしら? 無理は禁物よ? 倒れられても困るわ。私の奴隷なんだからしっかりしなさい」
最後の方を小声で言われて、詩音ははにかんだ笑みを見せた。
そうしている間にも司会は進行し、やがて「よーい、ドン」で二人三脚が始まった。
出場者は四チーム、計八人で、五十メートルのグラウンドを一周だ。普通に走っても辛い距離を、二人三脚しなければいけないのだ。
(なんだろう……疲れるけど、心地よい……)
走るのは疲れる。少なからず運動神経の良い文美に合わせているので当然だろう。彼女と一緒になって走っていると思えば、幸福感から胸の奥が熱くなる。そのおかげか足取りは軽く、注目されているにも関わらずリラックスできていた。
走っている時は勿論辛い。長い時間のように思えたが、決着は一瞬だった。
「一位は白組、文瓜文美さんと最果詩音さんです!」
ゴールである白線を切り、朦朧とする意識の中、聴こえた視界の声。詩音は気づかなかったが、一番早かったのだ。
普通に嬉しかった。一位になれたにもそうだが、一番に文美と二人三脚できたことが嬉しい。一位だなんて、相性がばっちりだと示されているようで顔を綻ばしてしまう。
「そんなに一位が嬉しいの?」
「はい。ありがとうございます! ご主人様!」
詩音は文美に頭を下げた。そして、心の中では気を利かせてくれた友人にも礼を言っておく。
「別にいいわよ。可愛い奴隷のためなんだから……次は、二つ後の障害物競走だったかしら? 応援しているわよ?」
「はい!」
元気良い返事を聴いて文美はにこりと微笑むと去っていく。その後ろ姿は華奢な少女だが、とても運動神経が良さそうには見えないだろう。それもそうだ。文美はどちらかといえばインドア派だ。スポーツは嗜んでおらず、今までギター一筋だったのだ。
ならどうしてリレーでも一位を取れたのか? それはフォームだ。リレーに限らず、スポーツというものはフォームが大事になることが多い。例えば、ボクサーとボディビルダーが居たとする。単純に見ればボディビルダーの方ががたいが良くて、筋肉も多い。だがパンチ力を図って見れば圧倒的にボクサーの方が強い。何故なら、ボクサーの方が正しいフォームを知っているからだ。
それと同じだった。才能溢れる文美は自分で正しいフォームを発見し、普通の人よりも楽で、より早く走れたのだ。
文美の姿を見送った詩音は自分のクラスのシートへと戻り、そこで待っていたのは鬼の形相をした人たち。
「あ、おい、帰って来たぞ!」
「ちょっとあんたねぇ! 前々から思っていたけど文美先輩とどういう関係なのよ!」
どうやらクラス内にいた文美のファンらしく、困ったことに辟易とした詩音は近くにいた友人に助けを求める視線を送った。
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