ラブソング
この時期の三十木高校は忙しい。夏休みという大規模な休暇の後には体育祭、そして文化祭といった行事が十二月まで行われるのだ。
一、二年生で経験済みだった文美は動じなかったが、知らなかった詩音はあまりの忙しさから文美へアタック出来ていなかった。週に三回はバイトで稼ぎ、それ以外は部活動とギターの練習。特に文化祭のライブが近づいていることもあって苛烈さを増している。
今日も今日とて体育祭の予行練習をした後に、部室へと訪れていた。
「そうそう、そこはダウンストロークよ。それで一定のリズムを刻むの」
「わ、分かりました」
文美の顔が近くて、詩音は密かにドキドキとさせる。
軽音部で見られるその光景は、もはや日常と化しており、部員たちも特に気に留めていなかった。最初こそ「なんで部外者がいるんだ」と白い目で見ていたが、今では文美への敵意は薄れている。諦められていると言った方が正しいだろう。
「そろそろライブの練習を始めるわよ。個人練習は後にしてくれないかしら?」
「ごめんなさい」
「良いところだったのに……」
つまらなさそうに頬杖をついた文美を横目に、詩音は音合わせのためセッティングを始めた。
当然だが、最初は右も左も分からないだろう。何がどういう機材なのか、どういう調整をするのか。詩音には見当もつかなかったが、それは師匠である文美が手取り足取り教えてくれたお陰で、こうして自立することに成功している。
ライブでの詩音の役割はリズムギターだ。ただバッキングするだけで、リードギターに比べると見劣りするが重要な役割に違いない。いや、そもそもバンドで些末な役割などないのだ。
ドラムがスティックを叩いて合図を出し、それに合わせて練習が開始される。
文化祭ライブで披露する曲は三曲だ。二曲は誰も知っているであろう有名曲のコピーで、一曲のオリジナルだ。因みに作詞作曲は綾瀬である。
それらが忙しい要因でもある。元々、ギターへのモチベーションはあるのでそれほど苦ではなかったが、まだ初めて半年くらいの初心者が簡単とはいえ三曲も憶えないといけない。それも短期間で、だ。
合わせるのに必死である。やはり一人で弾くのと違って、周りと合わせる、つまりセッションというものは難しくて奥が深い。しかし、上手く合わせられて、綺麗なハーモニーを奏でられた時の爽快感は相当なものだ。
「うーん……やっぱり詩音さんがまだぎこちないわね。偶に音がビビっているわ」
「ご、ごめんなさい……」
綾瀬に指摘され、実力不足が実感した詩音は肩を竦めた。
「まあでも、半年でそこまで出来るなら上出来よ。これも文美のお陰かしら?」
その言葉に全員が文美へと注目するが、当の本人は興味が無いようにスマホを弄っている。耳にはイヤホンを付け、もはや外界をシャットアウトしているようなものだ。
「ねぇ、ちょっといいかしら……」
「なんですか?」
他の部員が駄弁る中、綾瀬に耳打ちされた。そのままアンプの物陰へと隠れ、二人はひそひそ話に勤しむ。
「思ったのだけど、文美へ捧げるラブソングを作ってみない? そういうの、素敵だと思うのよ」
「へ? で、でも私、曲を作ったことなんて……」
「大丈夫。私が教えてあげるわ。まあ素人なんだけど……」
後輩が悩んでいるのを知り、文美なりに考えた結果の助言だった。それ自体は良いだろう。普通に告白するよりはインパクトがある。
しかし、作詞作曲の経験がない詩音が不安に思うのは仕方がないだろう。首の後ろを擦って、そわそわとしてしまう。
「ま、後で相談しましょう。今は練習に集中よ」
「は、はい!」
「こらそこ! 駄弁らないでさっさと練習するわよ!」
綾瀬は部長だけあってリーダーシップを発揮していた。采配が上手く、人望も厚いようで、部員たちは文句を言いながらも楽器を構える。
また、ドラムの合図によって練習が再開された。
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