コンテスト


 さて、いよいよ水着美女弾き語りコンテストが始まった。小さな会場だが、五十人くらいの観客が居て迫力あるだろう。

 優勝賞品は十万円という金一封。それに釣られたのかそれなりに出場者も居て、どうやら地元のテレビ局も来ているらしい。


「ご、ご主人様……」


「何かしら?」


「あの、あれっていいんですか?」


 困惑する詩音の視線の先には明らかな男性たち。女装をしているが、水着という体格が諸に出てしまうコンテストなので、一目で男性だと分かってしまう。


「トランスジェンダーでしょ?」


「はい、それは良いとして……あれは駄目ですよね」


 仄音が指した先に居たのはがたいの良い、精悍な面構えのおじさん。五十代くらいだろうか? そもそも女装する気は見当たらず、ギターを大事そうに拭いている。どことなく貫禄があるように見えた。


「あれは……トランスジェンダーよ」


「無理がありますよね! 言ったもの勝ちですか!?」


 実際、その通りだった。

 このコンテストは水着美女を名乗っているが、ぶっちゃけ盛り上がれば何でもよかった。だからコスプレをしている女性がいれば、女装している男性がいて、ダークホース的なおじさんもいる。

 こんな人たちと競い合うのか、そう思えば不安に思ってしまうのも仕方ない。

 続々と出演者たちが舞台に立って、審査基準を定めていない審査員たちが点数を付けられていく。ギターを使っている人が多く、次に多いのはキーボードだ。それ以外を上げるならベースやカスタネットにマラカス。もはやなんでも良かった。

 ただの何でもあり弾き語りコンテストに成り果てているが、レベルは様々だ。明らかに音痴な人もいるし、逆に上手い人もいる。

 朗らかとした雰囲気のコンテストだが、臆病風に吹かれてしまった詩音は隅の方でガクブルと震えていた。


「次はエントリーナンバー十四番のムギたんです」


「あ、貴方の番よ。行ってきなさい」


「は、はい」


 登録者名がバイト先の名前だと、ツッコみを入れる余裕もなく、詩音は壊れたロボットのように舞台へと出て行った。手足を同じタイミングで前へ出す、珍妙な歩き方に、軽い笑いが巻き起こる。


「え、え……あ……」


 今までに経験したことがないような注目。子供から大人まで、興味津々で文美を見つめている。

 詩音はあがってしまい、上手く話せない。ただ途切れた声がマイクに反響され、会場の雰囲気は段々と崩れていた。審査員も淀めく中、見つけてしまった。

 控室にいた文美が優しく微笑んでいた。まるで緊張しないで、と言っているようで、詩音の心は一気に温まり、緊張している場合ではないと思った。

 聴かせるのだ。今、自分が出来る精一杯の弾き語りをご主人様に聴かせる。

 そう思えば自然と手は動き出し、緊張から震えているがきちんと声も出せた。ピックで弦を弾き、流行りで定番の曲を歌う。

 今までの練習の成果だろう。確実に上手くなっており、それは詩音も実感した。しかし、まだまだ素人だ。人差し指で全ての弦を押さえる技法、セーハがぎこちなくて、頻繁に出没するFやBmコードが拙い。

 時間にして一分半ほど。一番のみで終わらし、最後はドミナント終止だ。ギターの残響が会場に響き、やがて拍手が巻き起った。審査員もそれなりの得点を付ける。

 が、詩音は他人の評価よりもご主人様が気になった。だから速攻で舞台を降りて控え室の彼女へと突撃する。


「ご主人様! どうでしたか?」


「良かったわよ。でもまだまだね。具体的な点はまた言うけれど……取り敢えずお疲れさま」


 頭を撫でられて、労われる。それだけで詩音は頑張った甲斐があったと顔を綻ばせてしまい、緊張が解けてその場にへたり込んだ。


「大丈夫……次は私の番だからしっかり聴いておいてちょうだい」


 司会に呼ばれて、舞台へと上がっていく文美の姿は毅然としていて、とても緊張しているようには見えない。まるで勝利を確信しているようで、背負っていたケースからギターを取り出した。

 そして、チューニングを済まし、近くの椅子に座って深呼吸。マイペースだろう。リズムよくボディを三回ほど叩いて弾き始めた。

 最初の一音で、会場の人たちはレベルが違うと理解した。まだ一音だと言うのに醸し出されているオーラはプロそのもので、ギターの音色は眠りを誘っているかのように心地よい。まるで自然の演奏を聴いているようで、心にずっしりと響く。文美の透き通った声も、ギターとマッチしていて違和感はない。

 そんな文美の一番凄いところは演奏技術だろう。弾き語りと言われるものは基本的にコードをかき鳴らして歌う。ピアノで例えるなら左手の伴奏だけを弾き、右手の代わりが声のようなものだ。

 しかし、文美の弾き語りは違う。コードを鳴らすのは勿論だが、そこにドラム、ベース、ギターのメロディが入り組んでいる。リズムよくダウンストロークすることでドラムのスネアを再現し、ベースらしいルート音や経過音をしっかりと弾き、偶にメロディを弾いてはギターソロのようになる。俗に言うソロギターという技法に近いだろう。

 そして、その間にも歌っている。心の底から、穏やかな表情で苦しそうには見えない。リズムも狂わない。正に完璧だ。


「――ふぅ……」


 歌い終えたのか、呼吸を整える文美。

 数秒が経ち、今までないほどの歓声が巻き起こった。一部の審査員は感動しており、点数は最高得点だった。

 もう、この時点で優勝者は決まったようなものだが、誰も文句を言わない。それほどまでに完璧で、美しい弾き語りだった。

 アンコールが巻き起こる舞台から降りた文美は真っ先に詩音の元へと帰っていた。


「どうだったかしら?」


「やっぱりご主人様は凄いです……敵いません」


「私は血の滲む特訓をしたの。そう簡単に超えられても困るわよ」


 詩音だってギタリスト一筋で、このまま続けていればいつの日か、文美を超える時が来るだろう。果たして何年になるのか? 感慨深く思いながらも、詩音には気になることがあった。


「ご主人様はどうしてこのコンテストに? ギターが嫌いなんですよね?」


「弟子が出ているのに出ない訳にはいかないわ。それに……」


「それに、なんですか?」


「お金、欲しいじゃない?」


 お金が欲しいのは当然の欲望だが、先ほどの素敵な演奏がお金のためになされたモノだと知って、詩音は何とも言えずに空を仰いだ。

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