嫉妬

 詩音が軽音部に入部してから夏休みは快適になった。いつも汗塗れで練習していたギターが、今でもクーラーの効いた部屋での練習にレベルアップ。

 部員たちが居て、絡まれることもあったが、それはそれで楽しく思い、詩音は心の底から夏休みを楽しんでいた。文美から毎日のようにギターの稽古をつけてもらって何の文句もないが、朝起きて、いつの間にか文美がリビングだらけているのは軽くホラーだろう。

 大変満足な日常を過ごしていた詩音だったが、それは飽くまで自己満足でしかなかった。


「ねぇ……詩音は私のこと、好き?」


「な、と、突然なんですか?」


 藪から棒な質問だろう。ギターを弾いていた詩音は思わず、手を止めた。

 僥倖なのか、部員たちは挙ってコンビニへと出かけていた。今はお昼時なのだ。

 そういえばお腹が空いたと、現実逃避から詩音はお弁当を取り出した。勿論、いつものようにご主人様の分も用意している。


「はい、ご主人様のお弁当です! 今日は張り切って唐揚げを作りました!」


「私のこと、好き?」


二回目の質問だ。聞き間違いでは済まされず、詩音はお弁当に有り付けない。


「いきなりどうしたんですか?」


「最近、私に対して冷たいじゃない……私、貴方のご主人様なのよ?」


「え、えっと嫉妬ですか……? あっ、違うんです!」


 咄嗟に否定するが、もう既に文美の鼓膜に届いている。


「そうね……これは嫉妬だわ」


 てっきり逆鱗に触れてしまうかと怯えたが、そうでもなさそうだ。あっさりと認めた文美は拗ねた子供のように俯いてしまい、これは重症だと詩音は頭を抱えた。

 嫉妬の原因は明らかで、軽音部という輪だ。彼らは新入部員である詩音を歓迎し、先鋭的に交流を図っていた。それを疎ましいと思わずに、その輪に入ることを望んだ詩音。そうなると必然的に詩音は軽音部の皆と居ることになり、文美に割く時間が少なくなってしまった。

 その証拠に軽音部に入る前、文美と詩音は練習以外にも遊びに出掛けていたが、今ではめっきり無くなってしまっている。


「ほんと……酷い嫉妬ね……私が貴方を軽音部に入れたのに……」


「ご主人様……私はご主人様をお慕いしています」


「分かっているわ。だって貴方は私のモノよ?」


「はい。私はご主人様のモノです」


 嫉妬してくれて嬉しく思った詩音は思い切って文美に抱き着いた。そして、胸に顔を埋めてにやついてしまう。

 どうすれば嫉妬心を鎮められるのか? ご主人様を満足させられるのか?

 答えは単純だ。文美との時間を増やせばいい。ただそれだけの話だ。文美によって頭を撫でられながら詩音は言った。


「ご主人様! それなら一緒に出掛けましょう! 思い切って遠出――「それなら海に行きましょうか」――へ?」


 食い気味に海に誘われて、何故か嫌な予感がした詩音は冷や汗をかいた。裏腹に文美はただにっこりと笑っているだけだった。

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