入部
学校の軽音部へと訪れた詩音は後悔した。
やはり文美と軽音部に溝が出来ていて、文美が訪れるのは顰蹙を買う羽目になってしまった。
「裏切り者が何しにきたんだよ……」
一人の部員が声を上げた。この場にいる軽音部は睨みを利かせ、敵愾心を剥きだしにしている。
「外って暑いでしょう? だから此処を貸してもらおうと思って」
「ふざけんな! 誰がお前なんかに!」
反感を訴えられ、文美はゆっくりと睥睨する。
そんな時、部長である綾瀬が一歩前に出て、部員たちを手で制した。
「此処は軽音部の部室よ? いくら元部員だとしても、そう簡単に貸せないわ」
「部員なら居るじゃない」
「へ?」
文美に背中を叩かれて、詩音は間抜けな声を漏らした。何故なら、詩音は帰宅部であり、軽音部に入るとは一言も言っていない。
「わ、私ですか?」
「そうよ。いい経験になるから入りなさい。一流のギタリストになるならセッションは必要よ」
ご尤もな理由だが、突拍子もないことなので詩音はすんなりと受け入れらない。ただ助けを求めるように綾瀬を見た。
しかし、綾瀬としても部員が増えることは良いことだ。現在、軽音部はキーボードボーカル、ギター、ベース、ドラムの四人しかおらず、演奏に限界があった。詩音のギターが増えることで、演奏の幅が広がり、また詩音が一年生という点も良かった。
「で、でも私!」
「新入部員なら歓迎よ! ね? 皆んな?」
綾瀬の声に応える部員たちは心から歓迎しており、歓喜に満ち溢れている。一年生、それも女性となれば当然だった。
期待されて辟易とする詩音を残して、話はとんとん拍子で進んでいく。
「はい、これが入部届ね」
「ありがとう。ほら、さっさと届けに行くわよ」
首根っこを掴まれ、詩音は引きずられていく。否定する暇もなく、退路を断たれたと悟った。
「ご主人様、私、軽音部に入るとは……」
「なに? 主人である私に歯向かうの?」
「そ、それは……」
「はぁ……」
文美は億劫そうにため息を吐いた。次の瞬間、桜の枝を手折るように、詩音の両手を縛り上げ、壁へと追い込んだ。階段の踊り場で、周りに人気はない。
詩音はドキドキと煩い鼓動を抑えられず、視界から文美を避けようとするが、彼女は逃さないとばかりに顔を近づけてくる。その距離はキスができるほどに近く、まるで壁ドンをされているように錯覚して、恋する乙女のようにときめきを感じてしまう。
嗚呼、彼女から目を離せない。
入部届が宙を舞い、木の葉のように揺れて落ちる。
「や、やめてください」
「やめないわよ。貴方、奴隷であることを忘れているでしょう?」
階段の上にある窓から光が差し込み、丁度良い角度だったのか文美を照らす。整った顔が良く見えて、詩音の身体は火照った。私、これから何をされるんだろう、と期待を寄せてしまう。
「この身体に教え込まないといけないのかしら?」
左手で詩音の鎖骨をなぞり、ペロリと舌舐めずり。そして、限界まで引き絞った弓のような三日月型の口を浮かべて、詩音の耳元で囁いた。
決して、詩音はマゾヒズムみたいな、特殊な性癖を持っている訳ではない。しかし、今の文美はさながら吸血鬼のようだ。首筋を顔を近づけて、首筋をなぞる。それはもうゆっくりと焦らすようで、詩音の反応を楽しんでいる。
もしかして、私、食べられるの……?
そう思ってしまうのは必然で、それほどまでに猟奇的だ。文美の瞳はギラギラとしていて、まるで獲物を狙う悪魔のようで心臓を鷲掴みされているように錯覚する。
「なーんて……」
そんな詩音の心境も知らず、文美は身体を翻してつまらなさそうに言った。そう、ただ甚振りたかっただけなのだ。
解放された詩音は予想だにしない結果に、ぽかんと呆気に取られてしまう。少女漫画のような行為をされると想像していた自分を責めたくなった。
「なに? 期待していたの?」
「な!? ち、違います。これは安心です!」
「本当にそうかしら?」
くくくと嘲笑う文美に、詩音は意地悪なご主人様を持ったと嘆息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます