バイト


「詩音はバイトでもしないの?」


 きっかけは友人の何気ない一言だった。


 高校生になってアルバイトをできる年齢になったが、考えたこともなかった詩音は衝撃を受けた。

 アルバイトとは仕事だ。学業と並行するには辛いかもしれないが、給料が発生し、社会経験を積めるのはメリットだろう。これから人生の強みになる。

 主に、その給料に惹かれた詩音は本気でアルバイトを考えていた。何円稼ぎたいといった具体的な希望はないが、無いよりは有る方が良い。お金があれば新しいギターだって購入できて、もっと言えば文美と気兼ねなく遊べるのだ。


「うーん……でも、バイトするにしても何がいいのか……」


 帰宅して求人誌と睨み合う事、数時間。

 中々決まらない詩音は首を傾げて唸る。人生初めてのバイト探しなので仕方ないだろう。

 色んな職種があるが、特に接客業が多い。人と関わるのが苦手な詩音は溜息を吐く。


「そうねぇ、こんなのはどうしかしら?」


「いや、メイド喫茶って柄でもないで……って、ご、ご主人様!?」


 あまりにナチュラルに話しかけられたので気づくのに遅れたが、いつの間にか文美がいた。それもお菓子を広げて寛いでいる。

 因みに、現在地は詩音の家で、文美は合鍵を使って勝手に入って来たのだ。


「も、もう! せめて入るならチャイムを鳴らしてください!」


「チャイムを鳴らしたら誰でも入っていいのかしら?」


「ち、違います。ご主人様だけです……」


 恥ずかしそうに述べた詩音は、その感情を誤魔化すようにもう一度求人誌に睨みつける。


「うーん……」


「私はこのバイトをおすすめするわよ?」


 見せてきた文美のスマホに映る求人は全てメイド喫茶、いやコンセプトカフェと呼ばれるものだ。メイドだったり、天使だったり、妖精だったりと色んなカフェがある。

 文美が指したのは猫耳メイドをコンセプトとしているようで、おすすめする理由は単純に猫が好きだからという自己中心的な考えだった。


「で、でも私、メイドさんって柄じゃないです……」


「一度行ってみないと分からないでしょう? いい経験になるだろうし……ね? 猫って素敵じゃない?」


「えぇ……」


「自分に合っていないと思ったなら辞めればいいのよ」


 髪を掻き上げながら当然と言った風な文美。

 まあでも詩音は希望する職種がなかった。だからこそ、メイド喫茶でもいいかな、と諦観してしまった。

 悪そうに微笑んでいる文美に気づかずに……


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