軽音部
放課後、帰宅部が下校する中、詩音は一人で廊下を進んでいく。
臆病風に吹かれないように、胸を張って歩き続け、やがて軽音部の部室が見えてきた。中からギターやベースの音色、ドラムの打音が聴こえてくる。
覚悟を決めて部室の扉に手を掛けると、ガラッと開いた。
その瞬間、途絶えた音色。部室内は太平洋の上の静謐としていて、部員たちは顔を見合わせている。「誰だ?」と顔に書かれていた。
「あ、あの……私、一年生の――」
「あ! もしかして新入部員かしら? 歓迎するわ!」
「へ?」
まさかの勘違いに詩音は呆気に取られる。
しかし、もう否定できるような雰囲気でなく、部員たちは盛り上がっている。なんでも女子が来てくれて嬉しいらしい。
期待を寄せられた詩音は申し訳ない気持ちから胃が痛くなった。
「私は部長の
「え、えっと……私は最果詩音です」
「良い名前ね! 担当楽器はなにかしら!?」
「あの、私、文美先輩のことを聴きたくて……」
文美の名前を出した刹那、辺りの空気はどっと重くなった。綾瀬と名乗った部長は昏い瞳で俯いてしまい、周りの部員はあちゃーと言った風に頭を抱えている。
その様子から何か地雷を踏んでしまったのだろうと、詩音は冷や汗をかいた。そもそも文美が軽音部に入っていたのは過去形な時点で、何かしら予測しておくべきだっただろう。
「何が聴きたいの?」
「えっと、その、住所を……」
「ふーん……なら紙に書いてあげるわ。その代わり、詩音さんと文美の関係を教えてくれるかしら?」
そう言った綾瀬だったが目を据わっていて、拒否権があるようには思えない。
結局、住所が分かるならと詩音は文美との関係をざっくり教えた。勿論、奴隷と言った主従関係ではなく、師弟関係ということにしている。綿密には違うだろうが、具体的には同じ意味なのだ。
「そうだったの……詩音さんはギタリストなのね」
「は、はい。まだ初心者段階ですけど……」
「実はリズムギターの枠が残っているのよ。あー誰かやってくれないかしら?」
「あはは、前向きに検討しておきます」
態とらしく声を上げる綾瀬に、詩音は苦笑いを浮かべながら住所を書かれた紙を受け取った。内心は申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「そういえば、どうして文美先輩は軽音部を辞めたんですか?」
「それは俺たちにも分からないよ」
ドラムスティックを回していた部員が言った。
「去年の文化祭ライブ当日、急にギターは嫌いだとか言い出して」
「退部届を渡されたんだよな」
「そうね。あの時は大変だったわ……ライブ当日にメインのギタリストがいなくなったもの……」
数日前ならまだ対策を打てたが、当日に抜けられるのは辛い。それにメインギターというポジションだ。バンドというのは様々な楽器が入り混じったハーモニーにも関わらず、そこからギターという音を抜いたら聞こえが悪くなるのは必然。ギターソロなんてメロディが無くなるので壊滅的だろう。
音楽素人の詩音でも、その悲惨さは何となく想像がついて、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「理由は……なんですか?」
「分からないわ。ただギターが嫌いだとしか……」
「……ありがとうございました」
詩音は浮かない顔で頭を下げ、部室の扉に手を掛けた。その時、綾瀬によって呼び止められる。
「なんですか?」
「いえ、何でもないわ」
「……? 失礼しました」
一体、綾瀬は何を言おうとしたのか? 少しだけ気がかりに思ったが、大したことないだろうと思考を切り捨てて、軽音部を後にした。
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